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欧米文学における人物の呼称

 いまアガサ・クリスティの「ひらいたトランプ(CARDS ON THE TABLE)」を何十年ぶりかで読み返しているが、登場人物たちの呼称が日本の小説とかなり違うなといまさらながら感じる。
 まず主人公以外はみな敬称付きで現れる。主人公ポアロはポアロもしくはエルキュール・ポアロで、敬称は付けない。以下、バトル警視、シャイタナ氏、ドクター・ロバーツ、レイス大佐、デスパード少佐といった具合である。このうちバトルは準主役級なので、じきに警視がつかなくなってただのバトルになる。でも最初は警視が付く。氏、ドクター、大佐、少佐は付いたり付かなかったりである。
 女性。オリヴァ夫人、ロリマー夫人。この二人は必ず夫人が付く。呼び捨てになることはない。ミス・アン・メレディス。ほとんどの場合ミスが付くがときどき抜ける。
 もっともこの小説は第二次大戦前のもので、しかも階級制の残るイギリスの小説だから、よけいにこういう書き方になるのだろう。敬称というのが日本でいう敬称と少し違う。男の場合職業を現わしている。女性の場合は未婚か既婚かを表す。だから正式に名乗る場合は、自分の名前にもミスや夫人をつける。
 たとえば早川文庫版で169ページ、アン・メレディスの親友ロウダ・ドーズがオリヴァ夫人宅を訪問し、メイドに名前を聞かれて「ああ――あの、ミス・ドーズ――ミス・ロウダ・ドーズです」と答える。ほかの本でも本人が自分の名前にミスやミセスをつけるのを読んだ記憶がある。ミスやミセスや警視や大佐が名前の一部であるという感覚なのだろう。なおミセスを夫人と訳して、ミスを訳さずにそのままなのは、ミスは訳しようのない言葉だからだ。何歳になってもミスはミスだから嬢と訳すのはおかしい。日本語にはない言葉である。
 欧米の現代文学をあまり読んでいないので、いまにわかにピンと来ないが、昔の小説には氏だとか、夫人だとか、けっこう敬称が付いていたと思う。日本の小説では、10年前に亡くなった倉橋由美子の「城の中の城」が登場人物をすべて「さん」付けで書いていた。一人称小説では「コンビニ人間」でも「さん」付けだったし、珍しくないだろうが、純粋な三人称小説で、日本のもので「さん」付けというのはほかにはいま思い出せない。
 こうしてみると小説というのはいろんな約束事が意識的無意識的に作家を縛っているように思える。
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