プロフィール

まがねとおる

Author:まがねとおる
FC2ブログへようこそ!

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

FC2カウンター

カテゴリ

リンク

RSS

「失われた夜のために」について――矢嶋直武氏に答える(その1)

 はじめに

 作家は自作を語ってはならない。語れば読者をがっかりさせる。それは譬えるなら手品の種明かしだ。
 作家は書いたら終わり。そこから何を読みとるのも読者の自由である。
 それゆえ、矢嶋氏がぼくのために書いてくれた長文の批評が提起したいくつもの疑問に対して、回答すべきかどうか長く迷っていた。
 ぼくが作家なら黙っているべきだろう。だがぼくは作家ではない。素人の物書きだ。わけてもこの作品は(ブログ以外には未発表ということもあって)あまり人に読まれていない。もちろん本来なら、ここに言いわけを書く間には、ちゃんとした作品に書き直すべきだろう。
 しかしこのさい許してもらわねばならないのは、ぼくはもう老人で時間があまりない。しかもこの作品は若いときに書いたものであるから、(矢嶋氏も指摘しているように)いまの感性で書き直すことは困難なのである。
 そこで、開き直ってぼくの創作意図を包み隠さず陳述する。ここまでですでに言い訳がましいが、いまから書く内容も「ずいぶん言い訳がましいなあ」ということになりそうだ。すでに作品を読んでくださった方は、「え? そうなの? そんなこと書いてあった?」とあっけにとられるかもしれない。その責任はすべてぼくの作品の至らなさにある。

 ぼくのわかりにくい小説を何度も読み返し、多くの疑問と批判を提出しながら、それでも作品と主人公とに愛情をもって接してくれた矢嶋氏に感謝をささげる。

 長いので三分割する。さらに参考のために付録を二つ付ける。それを含めて(その4)まである。

 序について

 矢嶋氏の最初の指摘は、「序」と本文としての「手記」とは著者が異なるという前提であるのに、その文体が似通っていて区別がつかないということである。これは盲点であった。
 また矢嶋氏の指摘とは別に、「手記」の筆者ではない人間がこれを公開するということの経過説明が読者を十分納得させていないと、今回感じた。
 最初にブログで公表したときには10枚くらいあった「序」を2、3枚に縮めた。不必要に長たらしいと思えたからだが、これは失敗だった。ブログではすでに旧稿は削除したが、探せばたぶんどこかに残っている。いずれ復活させるつもりでいる(註 とりあえず元のまま復活させた)。
 というのはこの「序」の部分に作品を読み解くヒントを提示していたつもりだったのに、書き直しによってそれが消えてしまったからだ。
 改稿に残ったのは「白痴」のイポリートについての叙述だが、その部分が浮いている。前後がなくなったせいだ。
 旧稿でもはっきりしていたわけではないが、イポリートによって、本文で描かれる「僕」の生活態度をある程度暗示させたつもりだった。
 ここで書いてしまうとほとんど結論を述べることになって(というのはつまり作品の意図についてだが)、おそらくそういうふうに読めるようには出来上がっていない、だからこれを書いたとたんに読者をがっかりさせることになる。しかしこれを書いてしまわないと何ひとつ説明できないから、最初にばらしてしまう。
 ドストエフスキーの作品はどれも予言のように読めるのだが、「悪霊」に描かれたフーリエ派の空想的社会主義者たちの陰謀事件は、71年秋の連合赤軍事件としてほとんど小説通りに再現された感がある。
 だが、それは40年前の事件だ。それに対して、「白痴」のイポリートは、21世紀の日本によみがえった。
 イポリートは未成年ともいうべき若者だが、結核ですでに死にかかっている。彼は絶望と恐怖の日々に苦しんでいる。その彼の頭に奇妙な考えが浮かぶ。「もしいまぼくが人を殺したらどうなるのだろう。裁判し、死刑の判決を下しても、まるで意味がないじゃないか。だって裁判をしてもしなくても、どのみち、ぼくはじきに死ぬのだから」そして彼は「いま自分は全能なのだ」という考えに取りつかれる。
 イポリートは考えただけに終わり、実行はしなかった。だがこの序を書いているときに、秋葉原事件や、同種の事件が次々と起こった。彼らは(死にたいのだが、自殺するのが怖くて、その勇気がないので)「できるだけ大勢殺して、確実に死刑にしてもらおう」とその動機を語っている。
 生きたいのに死の病に侵されてしまったイポリートと、人生に絶望して自殺を望みながら踏み切れないでいる青年たちという違いはある。だが絶望の状態に置かれているという点では共通するし、死を前にして恐怖し、この恐怖から逃れたいと思っている点でも共通する。そしてその恐怖が殺人衝動に転化するに及んで、両者はぴったりと重なり合う。この奇妙な心理作用において、百年以上前にドストエフスキーの書いたことが現代日本でそっくりそのまま実現してしまった。ぼくの目にはまさしくイポリートが復活したように見えた。
 彼らはバブルが崩壊する中で派遣労働者となり、脱落者となった。そしてちょうどそれと重なるようにして、若者のニート現象、パラサイト、ひきこもり、ゲームオタクといった風潮が次々出てきた。そういう中で秋葉原事件や類似の事件が続発した。
 それらは現実にはぴったり重なるというわけではない。しかし、現代日本社会のひとつのイメージとして重なり合っている。
 改稿では消してしまったが、旧稿の「序」に手記の筆者の言葉として<ゲームはひきこもりと相性がいいのです>という一行を入れたのは、この筆者の目に映る現代の世相の表現ではあるのだが、それはただ現代を語ったのではなくて、筆者にとって思い当たる節がある、筆者にとって他人事ではない、つまり「序」に続く本文にはそういうことが書いてあるのだな、と読者に予期してもらいたかったのだ。
 だが、改稿でそれらをすっかり削除してしまったので、ここに何のために「序」があるのか、わけの分からないことになった。
 これも同じく削除したが、旧稿の「序」で手記の筆者が、柴田翔から<とっくに人生は始まっているのに、まるで人生のリハーサルをしているように>というセリフを引用し、<そのままの気分で生涯を過ごしてしまった>と語らせたのは、結局過去を引きずったままになっている人物であることを匂わしたかった。
 つまり、ぼくはこの作品をひきこもりのゲームオタクを描いたものとして読んでもらいたかったのである。
(たぶん、ここですでに読者は「え? それ、どういう意味?」という感じだろうと思う)

 作品の舞台

 内容について書く前に、物語の舞台に触れておく。
 矢嶋氏が論の最後で次の疑問を提出した。
 ――<街を歩けば見知った顔に出くわす>ような小さな街にそんな大きな企業があるのだろうか。架空の街なのでイメージがわかずに苦労した。
 危惧していたことなのだ。これが地方で小説を書く者の抱えるハンディキャップなのだ。
 想定したのは京都である。京都しか知らないので京都が舞台になる。70年ころの京都である。ところが京都と特定してしまうと、会話文が不自然になってしまう。若者はすでに京言葉は使わないが、それでも関西弁である。だが関西弁でしゃべらせると漫才になってしまう。小説の雰囲気がまるで変わってしまう。もちろん京都を舞台にしても関西弁抜きで書いていけないわけではない。しかし何かと煩わしいので、いっそ架空にした。
 架空にするとどうしてもリアリティに乏しくなる。それをカバーするだけの街の描写が必要なのに及ばなかった。
 ここで書いておくが、矢嶋氏から次のセリフについて質問された。
 <「なぜ帰ってきたね」>(1章)
 これは小野のセリフであるが、どこの言葉なのだろうかという質問である。
 どうやら気づかずにうっかり九州弁で書いたようだ。ぼくが40年間暮らした水島は倉敷市だから基本的に岡山弁である。ところが水島は九州人の植民地のような街で、街にも職場にも圧倒的に九州人が多い。九州弁が岡山弁よりも流通している。
 九州弁というのはインパクトの強い言葉だ。その影響で書いてしまったようである。なおイントネーションは、「なぜ帰ってきたの」とは逆である。「の」は上げるが「ね」は下げる。下げても疑問文になる。
 さて、京都である。
 京都は、寺と観光と大学と中小企業しかないようなイメージがあるが、当時市電の走っていた中心市街地から一歩外れると、けっこうそこそこの工場が方々にあった。
 日新電機、三菱自動車、島津製作所、村田製作所、立石電機、湯浅電池、京都セラミック、任天堂、大日本印刷、東洋現像所などである。
 ここでもうひとつ矢嶋氏から出されている疑問は、「主人公の勤務先を会社と言ったり工場と言ったりしている。どちらなのか」ということだ。
 この小説で使っている「会社」という言葉は企業を意味する。企業は株式会社であれ、有限会社であれ、会社である。そして主人公の働くのは製造業の会社だ。製造業の会社はオフィスビルだけでは成り立たない。規模は大小あるとしても、それなりの面積を塀で囲み、門には門衛がいて社員証を見せねば通行させない。その内部には無論オフィスビルもある。そこには総務や企画や設計などがいる。食堂の建物もある。そして幾棟もの工場がある。それは部品製造や、組み立てラインや、あるいは部材や完成品の倉庫や、発送部門やなにやかやだ。
 そこは会社でもあれば工場でもある。会社はよそにも工場を持っていることが多いので、その中のひとつを指すときにはその特定の敷地全体を何々工場(地域名)と言うだろう。その工場の中に工場もあればオフィスビルもあり食堂もある。工場という言葉は複数の意味で使われる。そして、そこで働いているのは、社員だが、工員でもある。
 資本主義の初めごろ、社員とは株主を意味した。Limited company 有限責任の仲間たち――これが株式会社の社員だ。経営サイドのメンバーだ。そののち、社員はその会社の被雇用者を意味するように変化したが、工員はまだ社員ではなかった。差別されていた。やがて工員も社員として扱われるようになると、工員でない社員が職員と呼ばれたこともあった。
 京都にあるのはどこもせいぜい二千人規模の工場だから、そんなには大きくない。しかし町工場を思い浮かべると間違ってしまう。食堂は体育館のような広さで、昼のサイレンが鳴ると工員たちが方々の工場から我先に走ってくる。席が埋まってしまうと待たねばならないからだ。
 こういう風景を書いておかねばならなかったのだろう。それは工場で働いたことのない人にはわからない場所なのだから。
 小山田浩子が芥川賞を取る前に書いた「工場」という小説があり、ここでは作者が実際に働いていた広島マツダをモデルに書いている。ぼくは水島の三菱自動車には何度も出入りしたが、そこも広いけれど川崎製鉄とは比べ物にならない。マツダはおそらく三菱よりずっと広いのだろう。とはいえかなり誇張しているのではないかと思うのだが、日常的な空想力を超えたその広さをうまく表現していた。
 川崎製鉄の広さは「朝」に書いたとおりである。工場に隣接する人口10万の街よりも製鉄所の敷地のほうが面積が広い。2万人がそこで働いている(小さな街にその街を超えるような大工場がある)。往復6車線の直線道路がどこまでも続き、無数の信号で制御されている。乗用車、トラック、構内バス、構内タクシーなどが走り回っているがそこは道路交通法の適用されない私有地なのだ。
 今回のこの作品における工場は、そんな大規模なものではない。しかし、ある程度の広さを思い浮かばせる(ように書いたつもりの)食堂があり、部品製造(僕)の工場と組み立てライン(大場の工場)があり、めったに顔を合わせない、程度には広い工場なのだ。だが、もちろん工場の描写は不足していた。

 さてそこで、そんな街で、つまり京都のような規模の街で、<歩いていれば知った顔に出くわす>などということが再々あるものなのかという疑問だが、それがあの時代70年ころには結構あったのだ。行動範囲が重なっていれば、東京のような大都会ではないのだから、偶然会う確率は高い。ここで想定した、主人公が偶然二度も知己たちと出合う場所は四条通が西大路と交差する西大路四条、通称西院という交差点である。西大路から西へは市街電車は走っていない。西大路は京都市街の西の果てである。だが四条通はなおも西へ伸びて桂川にぶつかる。そこが松尾大社だ。この通り沿いに工場が多い。三菱自動車も、日新電機もここにある。ある時期までトロリーバスが走っていたが、やがて廃止されて普通のバスになった。この四つ角はまた阪急の駅のあるところである。祇園方面から京都の繁華街の地下を走ってきた阪急は、ここから地上に出て郊外に向かい、やがて大阪を目指す。
 この四つ角には喫茶店が集中しているが、若者の使う店はかなり限定されていた。活動家は同じ店を愛用する傾向があったが、会社のスパイに監視されているという情報で店を替えたりした。8章に出てくるのがそれである。
 なお<この街の狭さを嫌って>出て行ったはずの主人公が、ただ<地理がわかっていて手ごろなアパートを探しやすい>という理由だけで帰ってきたことに疑問が呈されていた。ほかの街に2年もいたのだから、それがほんとうの理由ではないだろう、この街に未練があったのだろうという解釈である。
 その当否への回答はあいまいなままで済ませよう。解釈は読者の自由である。
 ここで説明しつくせなかった点はおいおい語っていく。

 ひきこもり

 ゲームについてはあとで語るとして、まずひきこもりを見てみよう。
「ひきこもりといってもひきこもっていないではないか。働いているし、学生時代は学生運動をし、働き始めてからは労働運動をしていた。後悔せねばならないような生活――<失われた夜>の生活はせいぜいこの2年間のことではないか」
 この問題に限らず、ぼくは小説で説明的な文章を書くのが好きではない。文章は出来事や情景や心の動きに沿って書き、背景なり設定なりは、その流れに伴って現れてくる描写の方々にちりばめたヒントによって、自然に読者に提供されるようにしたいというのがぼくの願いである。だが、どうやらそれがうまく機能していないようで、結局説明不足でいろんな齟齬が読者との間に生まれてしまう。
 それがすでに、どのような街なのかわからない、どのような職場なのかわからない、といった問題を生んでいた。
 そしていちばん肝心な主人公の生活についても、どうやら説明不足だったようだ。

 いま「夜」の原稿をぱらぱらとめくってみて、主人公の過去について具体的なことは何ひとつ書いてないことに、いまさらながら気づいた。たしかにずいぶん不親切な小説だ。これでは読者はイメージできない。
 以下はぼくが示唆したつもりになっていたことがら(実際にはおそらくできていない)である。

 <落第生>と二度言っている。一度目は1章で小野に対して、二度目は9章で圭子に対して。これは大学を卒業していない、退学したのだということを書いたつもりなのだ。
 <工場へ入ったらインテリあつかい>(9章) 大卒者として就くべき部門に就職したのなら、ふつうの大卒者がその職場でインテリあつかいされるはずがない。最初の工場でどういう仕事をしていたかは確かに書いていない。これは手落ちだ。しかしいま彼は溶接工であり、<いくらか経験があったので>と7章で大場に対して言っている。これだけではこれが前の職場での経験とは限らない。二年間うろうろしていた時の経験かもしれない。しかし少なくともこういった表現から想像できるのは、大学を中退して何らかの製造部門で工員として働いている姿だというのがぼくのつもりだった。
 圭子は彼に対して<大学へ戻るべきだ>と言っている。卒業していたらそうは言わないだろう。むろん<大学院へ>という場合もありうるかもしれないが。
 さらに圭子のこの言葉に対して主人公は<僕はやっぱり工場で働いているんだぜ。そしてそれが適職のような気がしているんだ。僕はもともと学問に興味がないし、それに、もう人間たちとは関わりたくないんだ>(9章)と答えている。
 <やっぱり>という言葉は、圭子と同じ会社にいたときに、主人公の属していたのが、圭子や秋山のいるオフィス部門ではなく、いま働いているのと同じ部門、すなわち中卒の岡や広田のいる工場部門なのだ、ということを意味しないだろうか。
 そのあとに空白の二年間がある。この二年間について主人公は語ろうとしない。<あちこちに住んであちこちで働いていた>(9章)というだけである。だから読者はどうとも考えようがないのだが、ときはオイルショック、ドルショック以前の(バブルではない)ほんとうの高度成長期である。しかし定住地も身元保証人もない人間がいきなりどこででも働けるわけではない。<工場へ入ろうと思った>(1章)というセリフからは工場以外のところで働いていたという結論が出てくる。
 身元をやかましく言わないような、かつ住み込みで働けるようなと言えば、パチンコ屋とか、建築現場の飯場が考えられる。当時公団が団地を建てまくっていて、そういうところには飯場があった。大都市の駅近辺には手配師が張っており、フーテンを見つけては飯場に送り込んだ。アルバイトで来ている学生や、学業に行き詰まった元学生たち(フーテンと呼ばれていた)が、そういうところに大勢いた。
 ここで読者に想像してもらいたかったのは、そういう場所である。

 さてそこで本題に戻って「ひきこもり」である。主人公のどの時期の何を指して「ひきこもり」と言おうとするのか。
 とりあえずは1章までの三か月間と、5章までの二か月間、それから9章までをプラスして約半年の主人公である。
 二年間の放浪生活に終止符を打ってなじみの街に戻ってきた主人公は、工場に就職し、一人暮らしのアパートを借りる。高度成長期とはいえ、身元保証も要ればそれなりの金も要る。このとき主人公は田舎の母親とも連絡を回復しており、<「――おふくろさんに会ったかい」(小野) 「ああ。ひどく老けこみやがった」と僕はいった>(1章)それで解決できたのだろうと想像してほしい、というのは無理だろうか。
 そこからの半年間の主人公はまともに労働しており、その意味ではいまでいう「ひきこもり」とは違う。だが、残業を拒否する主人公は、会社の食堂で一人きりの夕食をすませると、まっすぐ帰ってきて一人暮らしの四畳半に「ひきこもる」のである。
 いまでいえば「プチひきこもり」であろうか。
 ここで読者にさらに想像してほしかったのはこの生活は果たしてこの半年間だけのことなのだろうかということなのだが、今回ページをめくってみた感触で言えば、それを想像することが可能なようには書けていない、読者に対して無理な注文を出している、書いていないことまで想像せよと要求している、ということがつくづく分かった。
 のだが、ぼくがヒントとして提出したつもりでいたことをここに表示してみる。
 まず放浪の二年間には、ひきこもることは不可能である。主人公は人々とごろ寝するような生活をしていたはずだ。
 その前はどうか。その前は工場で働き、組合活動や党活動民青活動をし、サークルを作ったりしていた。会社の寮で相部屋生活をしていた。
 この時期が何年間だったのかということも書いてない。書いてあることから想像するしかない。はじめ分工場で働き、さぼっていた広田と組んで活動し、組合大会で御用組合の執行部を追い詰めた<輝かしい夏>(8章)のあと、本社に配転されて年寄りしかいない部署に回され、年寄りが苦手な主人公はなおも分工場の民青を担当するが次第に行き詰まる。離党届を出したが、思いとどまってすべての役職を降りて、文学サークルを作ろうとする。このころ圭子と秋山の噂を耳にする。そして夏<夏が、僕を誘っただろう>(4章)、いきなり一切を放棄して旅立ってしまう。
 二度の夏があるのは明らかで、少なくとも一年半はその工場にいたのだ。
 なお矢嶋氏は、中卒の岡が18になるまで主人公はその会社にいたのだから、3年間はいたのだろうと言っている。しかし作品では岡が中卒だということは書いているが、彼が入社したとき主人公がすでに会社にいたとは書いていない。なお大学を卒業したとも書いていない。
 ぼくのつもりでは、1章の小野との会話から――分工場へ入ってきてすぐ広田と活動を始め、輝かしい夏に組合大会で執行部を翻弄し、たちまち配転された。そこからかなりしんどい1年間で、翌年の夏には逃げ出した――というふうに読んでもらいたかった。
 でもたぶんそう読めるように書けていない。

 いずれにせよ、この時期は「ひきこもり」とは正反対の日々であったと言える。
 問題はそれ以前の年月なのだ。
 <三か月前、いやそれ以前から、僕はいろいろと試してみた>(2章)
 これは手記の初めのほう、三か月かかって書き上げた系図の16枚のザラ半紙を64枚に破って屑籠に放り込んだ翌日の記述である。その日から新しい構想で書き始めたやはり16枚のザラ半紙を、三か月後の10章でまたも破り捨てることになる。
 三か月前が初めてなのではない。それ以前からこういうことを繰り返してきたのが彼の人生なのだ。もちろん中断の何年間かがあった。それは人生が充実していた時、もしくはふりまわされていた時だ。そして三か月前、定職と独り住まいとを確保した主人公は、ふたたび以前の生活に舞い戻った。主人公の意識の中ではまるでその生活がずっと続いてきたかのように。
 だがそれはいつからのことなのか。
 <僕も中学生のころには、神々の系譜から創り始めた。神話を創り、それを文章化した……もはや文章は不要になった……僕は神話を切捨てた……中学生の時以来、常に僕の手元を離れたことのない本だ。十五になる直前の夏休み、僕は百二十四代の天皇名を諳んじた。だが、僕の関心が現実の歴史から離れ、フィクションの世界に移行するにつれ、それらの名前は忘れ去られた……僕は僕の人生の何分の一かずつを確実に切りとって>(5章)
 ゲームの内容については後述するが、主人公の「ひきこもり」はゲームと切り離せない。そしてそれを始めたのは中学生の時なのだ。
 <「それはつまり、雑談とか世間話とかが苦手だという意味かい」(小野) 「まあ、そうだけど、苦手というだけじゃなくて、興味が持てないんだ。たぶん……会話のない家庭で育ったし、友達も欲しがらない子供だったからなのだろう」>(1章)
 もともと、子供の時から「ひきこもり」なのだ。ひきこもれば何かに熱中するしかない。その熱中の対象が彼の場合、<フィクションとしての歴史>なのだ。それは何ら歴史研究ではない。フィクションである。だが創作でさえない。<もはや文章は不要になった> 主人公の頭の中だけに作られる歴史物語なのである。

 それはいつまで続き、いつ中断し、いつまた復活したのか。
 <「落第生だからね……それに僕は気が変りやすいんで、何ヶ月か活動したら、また半年くらい下宿にこもってしまう。そんなことの繰返しだった」
「下宿にこもって何してたんだ」(小野)
「別に。あれこれ下らないことさ。僕はいつでも、自分が何をしたいのか、よく分らないんだ」>(1章)
 これは大学時代の話である。
 注意してほしいのは、この主人公は自分に都合の悪い話になるとすぐはぐらかす傾向の持主だということである。
 <「あんたはいつも自分を分析することを避けるんだ」と小平がいった。「勿体をつけて煙にまくのが好きなんだよ」>(8章)
 <「理由はおそらくいろいろあるんでしょうよ。でもあんたはそれを説明したくないのね。それを説明しようとすると、自分が傷つくからなのね」(圭子)>(9章)
 小平も圭子も鋭く主人公の本心をついている。だが主人公はあいまいな返事しかしない。それゆえ読者は主人公の言葉を信じてはいけない。セリフではもちろんそうだし、地の文だって主人公の手記である以上、その心理状態を反映した文なのである。
 <ヶ月か活動したら、また半年くらい下宿にこもってしまう> 何ヵ月半年である。活動期間よりもひきこもりの期間の方が長いのだ。この状態ではもちろん単位が取れるわけがなく、卒業できない。そして何をしていたかというと、<あれこれ下らないこと>である。つまりそれは人にしゃべりたくないこと、自分自身つまらないことをしているという自覚のあること、即ち中学生時代からの頭の中だけの歴史フィクションを引きずり続けていた、というふうに解釈してもらいたかったのだが、たぶん、それはあまりにも作者勝手な目論見だったのだろう。

「ひきこもり」はこの作品のモチーフだから、これについてはあとでもっといろいろな角度から述べる。ここではいったんゲームに移る。

 ゲーム

 主人公のやっていることをもっとわかりやすく書いておく必要があった。ああいう書き方では何が何だか誰もわからない。
 <漢字と数字と直線のみで表現された歴史>(1章)
 これはつまり系図なのだ。その系図の中に、一人一人の生年、何年に何歳で何の官職についたか、どのように出世して、いつ死んだかを書き込んでいく。一人死ねばそのあとを継ぐ者が出て、順繰りに地位が上がっていく者、取り残される者が出る。<一人の皇帝から出て、代々男系でつながり>という系図なのだから、もちろんはじめは皇帝とその子供たちとだけから始まる。しかし孫が生まれひ孫が生まれてじきに数百名の系図になる。そこに大宝律令の太政官制を当てはめていく。
 この太政官制というのがじつに整った制度なのだ。いまそれについては書かないが(4に付録として解説を付けた)、ゲームの材料として使うにはいかにも適している。もちろん中国から輸入された制度で日本の実情には合わなかった。だからどんどん形骸化されていったが、形式だけは長く続いた。
 <絶対に読者を持つことなどありえない僕の歴史物語に、しかもたとえ読もうとしても文章すら存在しない頭の中だけの物語>(5章)
 形あるものとして残されるのは<漢字と数字と直線>即ち系図だけである。物語は頭の中にしかない。読者に対して書かれる物語ではない。まったくの時間つぶしのゲームでしかないのだ。
 今流にいえば、「出世ゲーム」とか「育成シミュレーション」または「権力ゲーム」とか呼ぶべき範疇であろうか。
「そんなものをくだくだしく書き込む必要はなかったのではないか。ゲームをしている姿を外から書くだけでよかったのではないか。だって、ゲームの内容には何の意味もないのだから」
 残念ながら、ぼくも同感である。だから大幅に削ろうと思ったが、今回は削れなかった。削れない理由は主人公がゲームの内容と自分の人生観とをごちゃまぜにして記述しているからで、ゲームを削ると人生観も削ってしまうことになるからだ。この主人公は今現在ゲームのなかでしか生きていないので、そこでしか発言できないのである。そしてそういう発言の仕方が、この作品のムードを構成しているので、それを削除しようとすると別の仕掛けを導入しなければならず、大幅な書き直しが必要になる。

 <ウサギのシチューに投じらるべきウサギは誰だ>(5章)

 ここは帝国史の行き詰まりを打開すべく、内乱を勃発させてそれに乗じた上からのクーデターで皇帝による独裁を強化しようとする場面である。その犠牲者にだれを選ぶかというセリフなのだが、じつは「カラマーゾフの兄弟」中のイワン・カラマーゾフのセリフなのだ。
「神は必要だ。だが神を信じるためには神がいなければならない。ウサギのシチューを作るためにはウサギが要る。ウサギはどこにいるのか。神はどこにいるのか」
 弟の純真で信心深い修道見習いアレクセイ・カラマーゾフに対して理知の人だがすでに半分気が狂いかけている兄が激しく問いかける言葉である。
 関連性はないのだが、こういう言葉がふと出てくるというところに主人公の関心のありかを示そうとした。
 こういうことをばらしてしまうと本当はうまくない。黙っていて誰かが指摘してくれるのがいちばんいいのだが、だれも指摘してくれそうにないのでばらした。
関連記事
トラックバック
トラックバック送信先 :
コメント
▼このエントリーにコメントを残す