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『失われた夜のために』を読む(その1) 矢嶋直武

 矢嶋直武氏が拙作へのたいへん丁寧な批評を書いてくださった。感謝してここに公開する。作者にとっては大変ありがたい仕事をしていただいたわけだが、ほとんど人に読まれていない作品への批評だから、公開する意味はあまりないかもしれない。もし興味を持たれて対象作品にも目を通していただけることになれば、この上ないしあわせです。
 なおご批評への作者としての感想を書くつもりでいるが、まだ時間が取れずにいる。しばしご猶予をいただきたい。
 コピーによる表記上の齟齬が一部生じているかもしれない。気づき次第修正していきます。
 長いので、3回に分けて3日間連載とします。終わった時点で順序を入れ替えます。石崎。

       『失われた夜のために』を読む

 石崎徹様
 遅くなりましたが、『失われた夜のために』の感想をお送りします。何回も何回も繰り返し読み、毎日少しずつ少しずつ書きためてきました。それでこんなに遅くなってしまったのですが、しかし、長い時間をかけたものの、作品に込めた「作者の思い」のうち一体どれほどのものを読み取ることができたのか、それを思うとはなはだ不安です。おそらく読み取れていないもののほうがずっとずっと多いのではないかと思います。
 例によってこれがわたしの限界とご容赦ください。(矢嶋直武 2016.10.30)

■作品の構造と物語の構成

 まず、この作品の構造を整理しておきたい。
「失われた夜のために」というタイトルのこの作品には二人の筆者がいる。一人は「序」の筆者である「私」、そしてもう一人は「一」から「十」までの筆者である「サイトー(僕)」、この二人である。しかし、「序」を含むこの作品全体の作者はむろんひとりである。作者は「序」の「私」でもなく、「サイトー」でもない。「私」と「僕(サイトー)」は作者によってつくられた「語り手」である。ただ、「序」の筆者と「一」から「十」の章の筆者が別人であるにもかかわらず、両者の文体にほとんど違いがなくきわめて類似していることが気になる。せっかく作品の構造に凝ったのなら、両者の文体にも個性の違いが欲しかった。
 では、「私」と「サイトー」の関係は何か。
「私」と「サイトー」はまったく別の人物であり、二人はたまたま混んだ喫茶店で相席となったことから知り合いとなる。しかし、二人の交流はわずか一年ほどで終わる。サイトーが不幸にも肺がんで亡くなってしまったからである。サイトーの死後、未亡人となった妻は夫の残した原稿をみつけ、その取り扱いを「私」に委ねる。「私」は思案の末それを公開することにする。その原稿のタイトルが『失われた夜のために』であり、「一」の章から「十」の章に分かれている。そして、冒頭の「序」は、「私」が未亡人から原稿の扱いを委ねられ、それを公開するに至ったいきさつを書いている。
 ただし、ここで確認しておきたいことは、「公開」にあたってサイトーの意思はなんらそこに働いてはいないということ。つまり、生前のサイトーが自らこの原稿を「私」に託したわけでもなく、したがって、この原稿の公開を「私」に依頼したわけでもないということ。もう一つは、「私」はこの原稿を「手記」と書いているが、サイトー自身は果たしてこれを「手記」として書いたのか、あるいは「日記」のつもりで書いたのか、はたまた「小説」のつもりで書いたのか、それはわからないということ。
 また、未亡人から扱いを委ねられた「私」が、これを作品として<公開>しようと考えた理由は何なのか。何らかの<使命感>のようなものをそこに感じていたのか。逆に、公開することに一切ためらいはなかったのか。それらについては何も書かれてはいない。 ただ、《ひとつの手記を読者に提供する》とだけ書かれているのみである。
 ちなみに、旧稿『失われた夜のために」には「私」の側からの多少踏み込んだ記述がされていた。 
《正直に言うと、読んでみて少しがっかりした。原稿用紙の黄ばみ具合から見ても、内容から見ても、ごく若い時分、まだ三十になるかならないかのころに書いたものと思われた。主人公は二十代半ばと思われる。それが橋本本人なのか、それともまったくの創作なのかもわからない。橋本の年令はわたしと一緒だから、ベトナム戦争と全共闘の時代、七十年前後が時代背景であると思われる。だが、そこからリタイアしたと察しられる人物が主人公であり、あまり時代と切り結んでいない。はっきり言ってしまえば、何を書いているのかよくわからないのだ。ただ不思議と妙に心にひっかかる。それは単にわたしが彼と、短いが濃密な時間を持った、という理由からだけなのかもしれない。といっても彼は最後まで自分を見せることをしなかったのだが、これを読んでもそれがわかったわけでもない。これが発表する価値のあるものなのか、わたしにもわからない。》
 つぎに、「一」から「十」の構成を整理しておきたい。
 前述したように、「私」はサイトーの手記を<孤独に生きた男の物語>と紹介している。しかし、この手記には<物語>と呼ぶべき物語はない。つまり、「一」から「十」の章にはストーリーとしてのつながりは希薄であり、いわゆる<起承転結>と言えるような展開を持った物語はそこにみとめられない。それぞれの章はほぼ独立しており、登場する人物は、主人公「僕」の持論を引き出すための<対話の相手>という役割を担って登場しているにすぎない。そのなかにあって、多少、人物像として踏み込んで描かれているのは「圭子」と「岡」くらいだろうか。
 以下、各章の中身を順にみていこう。

■「僕」をめぐる各章の流れ
 
 「一」の章はほかの章と比べて格段に長い。それは導入の段階で読者が主人公「僕」のアウトラインをつかむため、多くの情報が書き込まれているためだろう。
「僕」はアパートの一室にいる。「僕」は炬燵に入ってあれこれ小説の構想を練っている。「私」が「序」のなかで《架空の帝国の歴史物語》と紹介しているそれである。「私」はそれを《意味をつかみづらく、しかも本筋とはほとんど関係がないので、読み飛ばしても差し支えない》と書いている。そこで本稿も以後この《歴史物語》には一切触れずに先に進むこととする。
 つぎの段落は《午後の仕事の最中に、工長がきた》で始まる。この段落から読者が「僕」について得る情報は、<「僕」は寮に入らずアパートを借りて住んでいる>ということと<「僕」は残業をしない>ということ。また、<「僕」の仕事は電気溶接に関わる仕事>だということ。それらのことを工長らとのやりとりをとおして知ることになる。
 しかし、これはこの作品全体をとおして言えることなのだが、「僕」の暮らす街、すなわちこの作品の舞台となる街が一体何処なのか、それがわからない。日本のどこかであることは間違いなさそうなのだが、関西なのか、九州なのか、四国なのか、あるいは東北なのか、具体的な地名はどこにもなく、また、それを想像させる手掛かりとなるような記述もまったくない。小説なのだから必ずしも具体的な地名を記す必要はないにしても、読者としてはここに登場する人物たちをどんな風景の中に置いて読んでいったらよいのか、頭の中にその画面の背景となる光景がなかなか描けずそれがなんとももどかしい。
 つぎの段落は、仕事を終えてアパートへ帰る「僕」が、偶然、《信号の真ん中で》かつての同僚と再会する場面になる。同僚の名は「小野、広田、岡」の三人である。岡は《多少興奮して》言う。
《「あんた、いったいどこにいたの。いきなり消えちゃって、びっくりするじゃないか」》
 これだけ読むと読者にはさまざまな想像が浮かぶ。「会社を出るとき一緒だったのに、途中で《いきなり消えちゃって、・・・》」とか「店を出るときまで一緒だったのに、途中で《いきなり消えちゃって》」とか。ところがその先を読み進むうちに、《消えた》ということは、「僕」がかつて彼らと一緒に働いていた会社を突然辞めてしまったということだとわかり、そして、会社を辞めた「僕」はそのままこの街を離れ別のどこかに移り住んでいたらしいということがわかる。しかし、ここでも具体的な地名は出てこないので、「此処」が何処で、「移り住んだところ」が「何処」なのか、遠い街へ移り住んだのか、それとも近い街へ移り住んだのか、わからない。それも読者にとってはもどかしい。岡はまたこう言う。
《あんまり突然だったものな。あんたは僕らの前で毎晩のように、何をすべきかといい、そしてある日ふと消えちまったんだ》《もう一度、帰って来いよ。これから面白くなる。難しいけど、僕らは少しずつ情勢を変えてるんだ》
 ここにきて読者は、「僕」と三人の関係が単なる職場の同僚という関係だっただけでなく、或る共通の目標をもって活動を共にしてきた、いわば「同志」の関係にあったことを知る。しかも、主人公「僕」はそのなかにあって《毎晩のように、何をすべきか》を語るような<熱い情熱>の持ち主であったことを知る。では、「僕」が彼らの前から突然姿を消してどれほどの月日が経過したのか。「僕」が小野に聞く。
《「岡はいくつになった」「二十歳だよ」「そうか、二年か。もうそんなに経ったのかな。思いもよらなかった」》
「僕」が彼らと別れて二年。岡は二十歳になったという。ということは、「僕」が突然会社を辞めた時、岡は十八才。むろん、「僕」が岡と出会ったのは当然それ以前ということになろう。岡は<中学卒業と同時にその会社に入った>(「四」章)とあるから、「僕」と岡は三年ほど一緒に働いていたことになる。一方、「僕」は大学を卒業したことになっているので、卒業後すぐにこの会社に入ったとして二十一才。それから三年、岡らとともに働き、突然姿を消して二年。現在の「僕」は二十六才となる。
《二年だ。正確に言えば二年半だ。すると僕はあの頃、そんなに若かったのか。それはまだすべてが可能な年頃といってよかったはずだ。ところが僕は自分をひどく老年だと思い込み、あの日々をまちがって生きてしまった》
 <二年、ないし二年半>という期間を<長い>と感じるかどうかはその置かれた状況によって異なるのは当然なのだが、「僕」は《あの頃、そんなに若かったのか》と自身を振り返る。「僕」のこの感慨はやや読者の胸に落ちにくい。つまり、二十六才の青年が二十四才の自分を振り返りながら、《僕はあの頃、そんなに若かったのか》と感じるというのだから。つまり、一般的には二十六だって十分に若いはずであるし、それに、十年、二十年前を振り返るならいざ知らず、たかだか二年前を振り返って《若かった》とはいささか<大仰すぎ>やしないか。また、それに続く《あの日々をまちがって生きてしまった》という独白も気になる一句である。《あの日々》とは、岡たちと過ごした三年間を指しているのか。また、《まちがって》とは、具体的に何を《まちがえた》のか。さらに、そのことに気づいたのはいつなのか。この三点は作品全体にかかわる重要なポイントとなるはずだが、詳しくは後に譲ることにする。
 偶然の再会をした三人のうち岡と広田は去り、一人残った小野が「僕」を喫茶店に誘う。
 席に着くと小野が聞く。
《「さて、いったい、どこでなにをしていたのだい」》
 この問いに「僕」は《手短かに、行った街や、就いた職のこと》を話す。しかし、ここでも《行った街》が一カ所なのか、それともいくつかの街を転々としていたのか、それもわからない。また、それらの街が<隣の街>なのか、それとも<遠い街>なのか、読者にはわからない。わかることは唯だ一つ、「僕」が再びかつて働いていた現在の街に戻ってきたということだけだ。
 そこで小野は《「なぜ帰ってきたね」》と聞く。この「きたね」という言葉はどんな発音をするのかわからないが、なんとなく共通語とは異なる響きを感じる。しかし、この言い方がどの地域でよく使われる方言なのか、わたしにはわからない。
「僕」はそれにこう答える。
《「理由はない。僕は工場に入ろうと思った。けれども、自分の部屋が欲しかった。ここなら地理がわかっているから、手ごろなアパートも探しやすい」》。
「僕」のこの答えにも読者は少々ひっかかる。
 突然会社を辞め、この街を飛び出した「僕」には、当然、<この街に居たくない>理由があったはずだ。ならば、《工場》にしても《手ごろなアパート》にしても、移り住んだその街で探すこともできたはずではなかったのか。少なくとも、移り住んだ街で一年や二年は暮らしていたはずなのだから、その街の《地理》だって十分アタマに入っていたはずだ。 ならば、《手ごろなアパート》や《工場》など、わざわざ「捨てた街」に再び戻ってこなくても見つかったのではないか。やはり、読者には<この街>のイメージが描き切れないためにここでも難儀する。つづいて「僕」はこうも話している。
《「でも、工場に入ってよかったと思うよ。ほとんど口をきかなくてすむ」》
 つまり、「僕」の今の心境は《誰とも口をききたくない》ということなのだ。だとするならばなおさら、かつての同僚にばったり会うかもしれないこの街にわざわざ舞い戻ってくることはなかったのではないか。しばらくいくと、こんなくだりもある。《僕は去った。ぼくは去り、かれらを捨てたのだ》。ますます「僕」の行動はわかりにくい。彼はなぜ《捨てた》はずの人間が住むこの街に戻ってきたのか。実際、「僕」は《別に、ここに帰ってくる必要はなかったんだが・・・》とも言っている。
 ここで読者はふと考える。ひょっとして、この街は「僕のふるさと」なのかもしれない。それならば、「僕」がこの街に拘る理由もわからないではない。しかし、その先を読むと、小野がこんなことを言っている。
《「君は寮になにもかも置いていった。君のおふくろさんが田舎から出てきて、すっかり整理していったよ。」》と。
《田舎》が具体的にどこなのか、それもわからないが、ともかくそこは母親の暮らしている所をさしているのだろう。通常はそれが<実家>と呼ばれるものであり<ふるさと>ということになるだろう。しかし、田舎から《出てきて》とある。《出てきて》というその言葉は距離的に相当離れていることを想像させる。ならば、再び戻ってきたこの街はやはり「僕」のふるさととも違うようだ。
 <なぜこの街に再び戻ってきたのか>という疑問とともに、小野には<なぜ会社を辞めたのか>というそもそもの疑問がまだ解けていない。それで小野は執拗に《まだ理由を聞いていない》と問う。それに対する「僕」の答え。
《「僕はあのころずいぶん欠勤していたんだ。それですっかりうっとうしくなっちまったのさ」》《小野は、ぴくっとして僕を見る。「そんな単純なことで、党を捨てたのかい」》
 どうやら、小野の聞きたかった「理由」は、<会社を辞めた理由>とともに<党を辞めた理由>でもあるらしい。しかしいずれにしろ、小野は「僕」の答えに納得しない。しばらく禅問答のようなやりとりが二人の間に交わされる。
《「そのへんがよくわからないんだ─君はマルクス主義者かね」「ちがう。だが、あんたも違う。誰だって、主義者じゃない。あんたはやつらの仲間だ。やつらと同じ感受性をもっている。だが、僕はちがう」「君は労働者なんだ」「残念ながらね。そして、そいつは何の意味ももっていない」》 
 こうして二人のやりとりは<迷路>へと入り込む。いや、読者もまたその<迷路>に引きずり込まれる。なぜなら、「僕」はかつての同僚である小野を《やつらの仲間》と呼んでいる。ここでの《やつら》とは一体誰をさしているのだろうか。文脈からすればおそらくそれは、《頑固な道徳で僕に向かってくる》《大人》を指すのだろうが、いかにも抽象的で具体的な内容は伝わってこない。ちなみに、《やつらの仲間》と言われた小野を作者はこう描いていた。
《狭い額の横皺と細めの眼はいかにも人が好さそうだ。そして実際、好人物だった》
 やがて、小野は話題を変える。
《「君は大学では、どんな活動をしていたんだ」》
《たいしたことはしてないさ。落第生だからね。民青に入っていたが、党には入ってなかった。だから工場に来てから入ったろ。デモについていったり、ビラを蒔いたり、あとクラスアジといって、講義の始まる前の、学生たちのお喋りでざわついている教室に入って、即席のアジ演説をやるんだ》
「僕」の答えをとおして読者が得る情報は、まず、大学時代の「僕」は<民青>に入っていたということ。「僕」が党に入ったのは《工場》に来てからだということ。ビラを蒔いたり、クラスアジをしたり、なかなか活発な学生だったということ。一方、「僕」は《気が変わりやすい》人間で、《何か月か活動したら、また半年ぐらい下宿にこもってしまう》ような生活を送っていたということも語っている。
 ちなみに、細かいことのようだが、<会社>と<工場>を作者はどう書き分けているのか、読者にはそれがわかりにくい。なぜなら、岡たちと一緒にいた職場を<会社>と書いている個所が随所にある。(p.91-2/p.94-2) 一方で、この町に戻ってきた理由を問われたとき《僕は工場に入ろうと思った》(92-11)と書いている。そこで読者は、岡たちと一緒だった職場を<会社>、現在の職場を<工場>というふうに作者は書き分けているのだろうかとはじめ理解していた。しかし、必ずしもそうはなっていないようだ。つまり、岡たちと一緒にいた職場を<会社>と書いたり<工場>と書いたりしているからだ。
 小野との会話はやがて「僕」が去った後の職場の話題に移る。そのなかで話題に上るのが<秋山>という人物、そして<田村圭子>という人物である。小野の話によると、秋山は結婚し今も会社にいる。田村は結婚し、会社を辞めたということだった。「僕」にとってこの二人の存在には特別な意味がありそうなのだが、それは別の章(「八」)で再び名前が出てくるのでそのときに触れることにする。


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