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日本共産党について(市民運動)

3、市民運動
 ぼくの弟は(私生活では若干のごたごたがあったが、ぼくのほうはもっと滅茶苦茶だったのだから、それはおいて)、若い時に政党に絶望して市民運動に期待をかけた。いまもボランティア活動の一端で何ごとかやっているようである。
 ぼくは懐疑的だった。市民運動の役割を認めないわけではないが、それだけでは根本的に世の中を変えることにはならないだろうと思っていた。だが考えが変わった。
 そもそも根本的な変革とは何を指していうのか。
 フランス革命もロシア革命も中国革命も、あるいは近年の東欧市民革命、ゴルバチョフ・エリツィンによるロシア第二革命、さらに北アフリカ諸国で起こったばかりの革命も、体制をがらりと変えた。権力関係がひっくり返った。ぼくはそのいずれも高く評価する。だがそれで問題がすべて解決されたというわけではない。それは歴史のひとこまにすぎないわけで、人類が生きている限り常に問題はあり、変革は続いていく。
 その変革ということに関してだが、体制ががらりと変わるような変革というのは、結局、後進国型の変革ではないのか。
 日本のような先進国ではもう起こりえない、というか、もう必要のないことなのではないか。
 革命が権力関係をひっくり返したといっても、それはひとつの権力から他の権力へである。歴史上のどの革命をとっても支配被支配の関係そのものが消滅したわけではない。もちろんそれは単に支配者の交代ということではない、支配の構造自体の変革ではある。歴史は前進している。しかしそのような革命的前進を必要とするのは、そういう歴史的段階にある社会の話なのだ。
 先進国においては問題は単純ではない。社会は複雑化しており、革命で単純に変えられるような段階は過ぎてしまった。
 必要とされているのは、複雑な社会の仕組みの隅々の現場を実質的に変えていく作業であって、それにともなって人々の意識と生活スタイルに具体的で実質的な変化が起こってくることである。
 市民運動という名で呼ぶのがふさわしいかどうかわからないが、いまそれぞれの現場で行われているさまざまな活動は、政治活動よりもずっと重要な役割をはたしていけるものに、今後なっていくだろうという気がする。
 諸活動のなかには、おそらく共産党員も参加し、あるいは指導性を発揮している場合もあるだろう。その場合党機関が留意すべきことは、かつてのように市民的運動のなかに無分別に手をつっこまないことだろう。現場の党員にまかせることだ。現場にいるものがいちばんよく分かっている。これに対して上から干渉すべきではない。そもそも上だとか下だとかいうこと自体が民主的ではない。
 ぼくが、「いま空想的社会主義から人々はやり直そうとしている」と書いたのは(ブログ「古本屋通信のことなど」参照)、そういう意味だ。
 グローバリズムからローカリズムへと、人々の意識は向いていきつつある。いま政治には期待できない。ならばそれぞれの現場をコツコツと変えていこうではないか、と人々は取り組み始めている。
 そこから何が生まれてくるかはまだ分からない。しかしおそらくそれはマルクス理論のような統一的世界観ではもはやありえないだろう。すべてを把握するということが不可能なほどに、社会は複雑化し、しかも変化の速度が速い。こういう時代の理論はもっと別の形をとらざるを得ないだろう。
 試行錯誤するしかないのだ。その経験の積み重ねからしか何ごとも生まれてこない。共産党がやるべきことは試行錯誤への援助であって、口出しではない。まして指導ではない。
 ただ、地域ごと分野ごとのそうした活動がすべてだと思っているわけでもない。グローバル資本主義が、あまりにも巨大な負の存在となってしまって、いまかなり根本的な変革が必要とされているのも確かだ。だが理想図を描いてみても実行できなければ絵に描いた餅であって、誰が、何をどのようにして変えていけるのか、どこに主体と方法とを探しあてることができるのか、いまは模索の時であり、この模索は小さな実践のひとつひとつを積み重ねる中でしか見えてこないだろうと思うのだ。
 党内外のさまざまな活動を注意深く見守っていきたい。
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