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<他人事>から<わがこと>へ (その3)

      3

 我々は「ひばり」における久保田の叫び<他人のあんたに分かるのか>から出発した。「火の方へ」において使われた<他人事>と<わがこと>という語彙を、小説とその読者もしくは身体障害者そうでない者という関係において浜野博における決定的な対立関係としてとらえた。
 次に「火の方へ」を読むことにより、それはなお別の対立をも意味すること、即ち<私>の精神の内部における対立としてもとらえねばならないことを認識した。
 つまり<私>を軸とした浜野博の世界には、<私>の内なる他人と<私>の外なる他人という二つの問題があることを見てきた。「祖母ふたり」においてはどうなのか。
 <十八の齢の秋に「一級障害者」となった私は、それ以後の十八年を、年数に応じた齢の取り方をしてはこなかったという思いが強くしている>
 十八といえば、「火の方へ」の利数の年齢だ。「火の方へ」が「祖母ふたり」の翌年に書かれたことについてはすでに触れた。しかもここには多少ぴったりしすぎる偶然まである。つまり、年数利数に通じる。
 いずれにせよ利数の抱えていた問題に対して、「祖母ふたり」の<私>が無縁である筈はない。
 しかも同じ表現は「祖母ふたり」のいたるところで執拗に繰り返される。
 <三度の飯を手に入れる苦労や、したくもない世上の人付き合いは、知らずやらずとも生きてこられた>
 <育ち切らぬ自分を思い知らされる>
 <どこかが成長し切らぬままできて>
 通常の社会生活からはみ出して生きてきたために、<私>はまだ青春の尻尾をつけている。利数は<私>である。
 とすれば、「祖母ふたり」におけるこひでとは、<私>の内なる他人の問題としてとらえる必要がある。

 何故たつでなくこひでなのか、という問いへの答えはいくとおりもある。その答えの数の増えるにつれて、この小説の世界がだんだん豊かに膨らんでくるという関係にある。
 とりあえずそれは<私>がたつでなく、こひでの方にむしろ生と死の本質を見るからである。<佳いものをこの世に遺し>たたつは幸運だったのであって、人は<その生涯の重たさを>覗かせることもなく<人間のかたちを失い、一人分の骨と灰に姿を変え>る。<死後の世界は完全な無>なのだ。三十年間を<物置にしていた裏の三畳>でただ一人生きてきたこひでの姿、それは人間の生と死というものをギリギリ本質のところで表現するにふさわしい姿だと言えはしないか。
 それ故にこそ、<私>の最後の述懐において、<祖母>が複数で表現されている点に注意。
 <私は、消え去ってしまえばあまりに完全に無でありすぎる祖母たちの生涯とその死とに、胸苦しく圧倒されかけている>(下線石崎)
 しかも、<いずれは私もまたある一瞬を境に、祖母たちと同じ無の世界へと踏み込むときを迎えねばならない>
 人間の生死から、あらゆる粉飾を削り落としてしまえば、そこに残るむきだしの生死とは、まさにこのようなものなのだ。
 ヘミングウェイはヨーロッパの戦場で、人は獣のように死ぬ、と言ったが、一般に人間は死において獣と運命を共有するといってよいであろう。
 <私>はこひでの死に直面して、死のほんとうの姿に呆然と立ちすくんでいる。このような無としての死に裏うちされて辛うじて成立しているところの生とは何なのか。この問いかけが小説全体のメーンテーマとなっている。

 <私>がこひでを選ぶ第二の理由を知るには、こひでと<私>の位置関係に注意してもらいたい。
 こひでは三十年間を<物置にしていた裏の三畳>でただ一人生きてきた。<私>もまた十八年間を<母屋の前の><ブロック造りの一室>でただ一人生きてきた。謂わば、こひでと<私>とは、母屋を挟んだ裏と表とに、あたかも相似形をなすようにして、両極にいる。
 かたや老人であり、こなた身体障害者である。いずれも社会的弱者であり、社会的有用性の欠如を理由にしばしば切り捨てられる存在である。
 この物語は、似た者どうしが、自らの生きる権利を賭けて、右と左から母の助力を引張りあう、観念上の綱引きを演じあう物語なのだ。
 それ故にこそ、死を恐怖し、もっと生きたいと願う<私>と、<波のように高まり寄せてくる死の戸口からの誘い>に<抗い>続けるこひでという、死に対して同じ態度をとる者どうしが両極に位置することになる。
 <すでに「彼岸」に達した者のような澄み渡りよう>であるたつでは、そもそも物語が成立しない。

 こひでは生きたがっている。<私>はそのこひでに向かって死ねという。何故か。<私>もやはり生きたいからだ。しかも、見てきたように、<私がしたいと思うことの八割がたを不可能にしつづける私のやくざな四肢>の持ち主であり、<家に居てしたいことがたしかにある><私>にとって、家を離れることは、肉体的生存はなお保障されるとしても、精神的には死を意味するかもしれぬという抜きがたい怖れがある。
 人は誰しも制限された自由の中で生きている。完全に自由な人はどこにもいない。
 だとしても、胸から下の感覚が全くない人間と、とりたてて障害を持たない大部分の人たちとでは、最初から持てるカードに余りに大きな差がありすぎる。
 したいことの大部分をあらかじめあきらめてかかるしかない人間、しかも、障害者の寿命は統計的に短い(「剣が峰」1984年参照)。あと何年生きられるか何の保障もない。その意味では明け方の足音におびえる死刑囚と同じ運命にある人間(もちろんこの運命は事実上すべての人のものである。だが我々にあっては統計上の確率が精神の救いとなるのに対し、彼らにおいては同じものが絶望を招ぶ)、こういう人間である<私>にとって、残されたわずかばかりの自由を是が非でも手放したくないという欲望は、これを手放せば死んだも同然だ、という激しい思いとなる。
「去るべきとき」はこの激しい思いをいかにして自ら断ち切るか、いやいや自由を手放さされるのではなく、自らの決断によって、これを自由意志で手放すことにより、自らの運命に対する決定権をなおも所有し続けようとする男の物語(感動的で普遍的な物語となりうる素材であったのだが、私生活上の些事にこだわりすぎて駄目にしてしまった小説)なのであるが、「祖母ふたり」の<私>は、まだその闘いを始めてはいない。ここでは読者が注目すべきなのは、やはり<私>の欲望の激しさそのものなのである。
 生きる権利、とすでに何度も書いてきた。それが政治の場では無条件の前提となりえても、文学には前提はありえないことを指摘してきた。浜野博は声高に空疎な権利を叫び立て要求しようなどとはしない。ただ彼は、もっと生きたい、したいことがたくさんある、と書く。そして彼は彼が情熱を傾ける諸々のことがらをさりげなく書く。それは文学というひとつの行為でもあれば、種々の社会的活動でもあり、また人々とのさまざまな交流、その中で彼が受けとることになる人間的なもの、なべて人生というものの、苦しいにせよ楽しいにせよ、それがもつ味わいのすべて、こうしたものを、人間の情熱と欲望の対象となるにふさわしいものとして、浜野博は自らの小説世界において読者に提出する。
 それは読者に対して、普遍的な生きるに値する人生の彩りを提供して見せる行為でもあれば、また、そういったものを失うことなく<私>は生きたいのだというひとつの叫びでもある。
 そして結局のところ、生きる権利という言葉から、その法的ないし観念的外装をとり払って、これに実質を与えるところのものは、生きることへの、しかも豊かに生きることへの、人間のこの欲望をおいてはありえないのではないか。
 つまり、有用性という言葉のもつ危険に我々は気づかなければならない。役に立つか立たないか、ということは、生きる権利とはさしあたり関係がない。人は生きたいから生きる。有用性とは、人のこの生きたいという欲望をどれだけ助けうるか、という意味、従って、重要ではあっても本来二次的なものである。
 福祉の切り捨てを主張するお偉方にとって、福祉が枯木に水をやるようなものであること、社会的弱者は有用性がないので切り捨てていいのだという主張は、もちろんすべての人生が(マチ子のように)それを感じとる能力のある人間に対しては必ず有用性を発揮するのだということを理解できていない点で、人間性の貧困を示すものにほかならないが、なおかつ有用性という本来二次的なものを一次的と錯覚することによって、二重に貧しいのである。
 無神論者は何によって生きるかと、我々は問いかけた。生の先にあるものが無であると考える無神論者は、生の目的を設定しえない。だが、にもかかわらず我々は生きるべき無数の動機を持っている。我々は生きたい、したいことがたくさんある。欲望が我々を生かしめる。我々は生理的社会的に数限りない生きる動機を持っており、人生は我々の感性にとって生きるに値するものであり、さしあたり、ここには人間の生きる理由の、もっとも正当なものがある。
 ――だとしても、それは生を維持方向づけるというには、まだ少し不充分さが残る。この問題は最後に検討することにしよう。我々はまだ、こひでの問題を解決していない。
 いずれにせよ、ここで浜野博は障害者問題に対する我々の観念を百八十度引っ繰り返す。社会的弱者とは、その有用性の度合いに応じて、とりあえず応分の保護を与えておくという存在なのではない。彼らは十把一からげに障害者というレッテルによって区分けされることを拒否する。浜野博の小説において、障害者は、久保田も大島も<私>も、それぞれに矛盾と欠陥と欲望とに充ちた当たり前の個性なのであり、この個性、この生きる動機、この欲望の独自性の故に、すべての人生がかけがえがない。

 我々は生を基礎的に理由づけ正当化するものが、存在しえないところの生の目的であるよりも、むしろ生の動機であること、平易な言葉で言えば欲望であることを見てきた。
 だが、欲望はしばしば深刻な矛盾をはらむことになる。というのは、生を欲望においてとらえることは、生を等しなみにする。即ち、人生は、どの人生もそれに固有の欲望をもつことによって、すべて等価である。<私>が直面するのは、生の等価性という問題なのだ。
 まさに、それ故に、こひでの死という<他人事>と、読書会という<わがこと>との対立において、<私>が<私>の欲望から読書会を選びとった、その瞬間において、<私>は例の問いを発することになる。<とすれば、私にとって祖母とはいったい如何なる存在なのであろうか>

 注意してもらいたいが、ここのところの構造が「祖母ふたり」全体の構成を決定するかなめとなっている。これは実をいうと、カミュの「異邦人」の本質的構造と意外によく似ている。「異邦人」のムルソーは母の通夜に臨んで<最後の対面>をしようとせず、葬儀の翌日海水浴へ出かけてマリーと出会い、喜劇映画を見て笑い転げ、彼女と寝る。フランスの法廷がこれを母殺しと認めて死刑の判決を下し、ギロチンの合図のある日まで、ムルソーは死刑囚としての人生を送ることになる。
 このとき、ムルソーの処刑が正当であるか、不当であるかは一概には答ええないことがらだ。母の死に際し涙を流さない人間は誰でも死刑になる値打ちがある。母、即ち一人の他人の生と死に対する無関心は死刑に値する。何故なら、<私>が生きたいと同様、他人も生きたいからであり、そこに差異を見出すことが不可能だからであり、すべての人生が等価だからだ。
 ムルソーが死刑囚として死と直面するとき、その死は母の死と対になっている。
「祖母ふたり」においても事情は同じである。 <私>は限りある生を生きているという意味においてやはり死刑囚なのであり、その直面する死は、こひでの死と対になっている。

 我々は先に、こひでと<私>の位置関係について検討した。この二人は全くの他人だが、双生児のようによく似ていることを見てきた。二人の住む現実の場所も、社会的な場所も、相似形をなしていること、こういった設定が、こひでの死という決定的な場面において、謂わば人物の配置がストーリーの展開にぴたりとはまりこむ、つまりここで物語全体がぐるっと逆転し、このときから読者はこの小説を単に表面的に読んだのでは足らず、その裏の意味を読みとらねばならなくなる。
 ここで小説が語ろうとしているのは、こひでとは<私>なのだ、ということなのだ。
 こひでは<私>である。三十年間<私>の関心の外に置かれ、その晩年には、母を奪い合うにわかに現われた競争相手として、<私>によって死すら望まれ、死においてなおも、読書会に見合う関心さえ払ってもらえなかったこひで。だがこひでとは<私>なのだ。死に抗ったこひで。同じように死を恐怖する<私>。裏の三畳に住むこひで。表の一人部屋に寝たきりの<私>。社会の外にはじき出されているこひで、同じく通常の社会生活を営めなくされている<私>。
 <私>はあり余る生の動機につき動かされて生きている。同様にこひでにも<その生涯の重たさ>があったにちがいない。
 こひでに対する<私>の冷淡さとは、こうしてすべてひとまわりして当の<私>につきささってくる性質のものなのだ。それ故、<私>は、<私>とこひでとのこのような関係そのものの中で、こひでの生を掬いあげようとする。「祖母ふたり」はこのような二重の構造を有したところの、見かけよりは余程複雑な小説なのであり、この二重性を調和させようとする努力が、この小説を鎮魂歌たらしめる。
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