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「浜野論」と「石崎論」

 1984年の「まがね13号」に「浜野博論」を書いた。大江健三郎、安部公房、サルトル、カミュ、ジッドなどの論を書こうとしてすべて挫折し、手っ取り早い対象として浜野博を選んだというのが正直なところかもしれない。
 当時の「まがね」で、唯一小説らしい小説を書く作家だった。ぼくよりほんの少し年上なだけでまだ若かったが、すでに「民主文学」では有力な作家で、「文化評論」にも書いていた。
 評論を書こうと決めて、処女作から最新作まですべて集めた。丁寧に読みこんでノートを作った。まだワープロもなかった時代だ。当時としては当たり前のことだが、いまふりかえると、われながら根気のいる仕事をしたなあという気がする。
 草稿を書き上げて本人に読んでもらった。気に入ってもらえなかった。そこで気づいたのは、評論も文学作品でなければならないということだった。つまり読ませる力がなければならない。そのためには一本、筋がいる。処女作から最新作までのすべてを貫いている縦糸を見つけ出し、テーマをはっきりさせねばならない。引用はできるだけ短くして要点をズバリと提示しよう。表現に心しよう。
 全面的に書き直した。60枚くらいだったと思う。今度は気に入ってもらえた。何点か疑問を提示されたが、全体としては気に入ってくれた。
 ところが「まがね」の他のメンバーが気に入ってくれない。作家がこれでよいと言ってくれるのに、ほかの人たちが駄目だと言う。
「これは浜野論ではない。浜野論に名を借りて石崎文学論を語っている。なぜわざわざややこしい理屈をこねくりまわすのか。そんな理屈がなくても浜野文学の良さはみんな分かっている。むしろ石崎は浜野文学をねじまげている」
 いまふりかえると、まあ確かにそういう向きもあったのだろう。
「まがね」の外の人たちに読んでもらうと、これはてんから相手にされなかった。「この作家を知らないから、その評論を読んでもどうにもならない。評論というのは人々が読んでいる作家についてでなければ意味がないだろう」
 確かにそうだ。「民主文学」では人に知られた作家であっても、外の世界では無名なのだ。

 30数年前のことをいま思い出したのは、最近「石崎論」を書いてくれた人がいるからである。
 仮にY氏とする。素晴らしい内容なのでブログで公開したいのだが、まだ本人の了解がとれないのと、もうひとつはあまりにも手放しで誉めてくれているので、自分で公開するとなんだか自慢話をするようで照れくさいのだ。
「まがね」復帰後のバックナンバーを複数持っているので51号から58号までを送った。Y氏はそれらを読み込んだうえで、さらに昔の「まがね」掲載作や、未発表の作品まで、ブログ上で読んでくれ、そこに見事に縦糸を通してくれたのである。
 児童文学「三郎」をずいぶん丁寧に解読してくれ、それを「ゆで卵」や「ご挨拶」といった小文とも照らし合わせ、「盗難」「朝」から「駅」「コスモス」にまで貫いているものを見つけ出していこうとする。
 もちろん多少は作者の動機や意図を離れる解釈もある。しかしそれらも含めてY氏がぼくの小説の中に見出してくれたものは、まだ少なくともこういう文章の形ではだれも書いてくれたことのないものだった。
 ぼくは感激した。
「三郎」の三郎と恵子。「盗難」の津川と女房。「朝」の別所とよし子。「コスモス」の古田と峰小枝子。これらの人物関係の中に一貫したぼくのテーマを探り出してくれたことがぼくを喜ばせた。

 それはそれとして、それとは別に二つのことが心に残った。今回はこれを書いておきたかった。
 ひとつは唯一疑問として提示されたものである。
「三郎」という作品の中で、三郎はなぜ空っぽなのか、なぜ空っぽであることに、ああまでにこだわるのか、三郎がそういう少年として存在したその背景が書けていないだろう、作品の中にそれがないではないかという指摘である。
 これは確かに深く考えてみねばならないことである。おそらくそれは「三郎」に限らないかもしれない。どの作品でもぼくの人物たちは、なぜそういう人物であるのかという説明を与えられていないのかもしれない。
 ぼくは所与の設定としてある人物を登場させる。そして他の人物と絡ませる。ぼくにとってはその人物はもともとそういう人物なのだ。だがそれは読者にとっては不親切なことなのかもしれない。
 これはぼくの宿題として残った。

 もうひとつはY氏が最後に「コスモス」から引いて論の一応の結論とした部分である。「コスモス」は二重構造になっていて、表の場と裏の場があるのだが、裏の場では人物はすべて番号で呼ばれる。
「女1」のセリフ。<あなたがたは表現か伝達かという無意味な論争を長々とやっていたけど、それは同じことを違う言葉で言っただけだったのよ>
 実際我々は20歳のころ、そういう論争ばかりしていた。それは決着のつかない論争だった。そしてぼくの到達した結論が、それは同じことを違う角度から言っているだけのことなのだ、およそ伝達へと導かれない表現というものはあり得ないし、表現のないところにはまた伝達もない、ということだった。それをぼくは「女1」にそのまましゃべらせた。ところがY氏はここでこの結論に半ば疑問を挟むような形で、次のように述べる。
<表現がしっかり表現になっていればそれは伝わる。だが表現をおろそかにして伝達を急ぐならば、なにも決して伝わらない>
 それはもちろん我々がずっと意識してきたことではあろうけれども、<表現と伝達>という言葉に関して、われわれが論争してきたのとはまた少し違う角度からの見方として、ぼくに新鮮さを与えてくれたのである。

 Y氏の「石崎論」はここまででまだ前編で後編があるらしいので楽しみにしている。願わくばぼくの小説の足りないところ、不満なところ、疑問なところをもっと率直に書いてもらえれば、ぼくとしてもブログで公開するうえであまり照れなくてもよさそうな気がしている。
 もっとも、最初に書いたように、浜野博よりもっとずっと無名の人間の評論を書いても、喜んで読むのは作者だけという結果になりそうで、ぼくの努力が足りないばかりに申し訳ないなとは思っている。
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コメント
623: by 木沼駿一郎 on 2016/09/01 at 11:31:54

 石崎徹さま、ご無沙汰しております。
浜野博は、現代民主文学短編集(1980年刊)に祖母ふたりが載っております。まだ、未読ですが。
 最近の民主文学では名前が出ませんが、現在の状況はどうなのですか。
<当時の「まがね」で、唯一小説らしい小説を書く作家だった>だったが、唯一小説らしいとは、どのような意味なのでしょうか。
 現在の「まがね」でも、浜野博を越える作家はいないということでしょうか。
 最近、小説を書くということに疑問を感じています。なぜ、小説を書くのか。うまい小説よりも、稚拙であっても日記やルポでも感動するものがあります。
 唯一小説らしいという立場が、現代の文芸が衰退している一因を含んでいるのではないかと思うのですが。

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