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ノロ鍋始末記 第五章

 最初の土日は休み、次の週から毎日二時間残業して、柴田さんはだいぶ切り進み、直木も手伝ったり、見よう見まねで切ったり、鍋に入って溶接したりした。その間渋井は朝のミーティングに顔を出すようにはなったが、大江から書類整理の仕事をもらうと、相変わらず詰所にやってきて閉じこもる。月曜日の期限はすぎ、一週間経ったが、渋井は移動する様子がない。最初の一基の納期がせまったので、直木たちは土日も出てきて定時まで働いた。日曜日に田所が現場に来た。ちょうど鍋の前で十時の休憩をとっているところだった。
「日曜日に誰が仕事しとるかと思ったら、柴田さんか」
「渋井がするわけあるめえ。炉下は終わったのか」
「ああ。車輪のまわらんコキ鍋を、ブルで無理やり引っ張り出して、クレーンで吊って台車に載せて持っていった。まだ地金は残っとるけど、レールだけ使えるようにして操業しとる。でもなんで柴田さんたちがここで仕事しとんの」
「知るか。宿命やろ」
「渋井はなにしとんの」
「毎日ラジオを聴いてます」と直木がいった。
「柴田さんもいいように使われてるなあ」
「馬鹿やけんな」
「どうりで吉川をいままで見かけんかったところで見かけるがな」
「吉川さんは役に立ってるようでしたか」と直木。
「さあ、おれもずっと炉下にいたから、そげん会ったわけじゃないしな。大江さんと一緒にうろついとった」
「役に立たんやつばかり班長にしやがって。吉川も渋井もあれで班長やからな」
「直木が早よ班長にならないかんがな」
「田所君が先でしょ」
「おれは柴田さんと一緒で馬鹿やけんなあ」
「なにぬかすか」柴田さんがぼやいた。直木は笑い、田所は澄まし顔だ。
「なんで詰所に入らんね」と田所がきいた。
「渋井が出て行くまでは入らん」
「鍵がないんね」
「鍵はくれようとしたが断った。渋井と共同で使うつもりはなか」
「こんなところで不便やろ。暖房もなし、コーヒーわかせるでもなし……」
 直木がひきとった。
「冷蔵庫も使えない、電話も使えない、書類を書く机も、整理するところもない。これで暑くなってきたら悲劇ですよう、クーラーが使えない」
「居候かいな」
「どっちがか」柴田さんが怒ってみせる。
「居候に乗っ取られているんですよ」と直木。
「いつまでそうしとく気?」
「もう期限をすぎているんで」と直木がいった。「あした月曜日に渋井さんが出ていかなかったら、ぼくが行動を起こします」
 柴田さんはちょっと不意をつかれた顔で、直木を見た。
「おい、殴られんなよ」
「大丈夫、毎日腕立て伏せをやってます」
 柴田さんがちょっとあせって、
「殴ってもいかんぞ」
「おれが加勢しようか」田所がのんきそうにあおる。
 
 あくる月曜日の午前中、直木たちが一仕事やってから詰所を見ると、電気がついていた。直木は心を決めて、柴田さんを見た。
「柴田さん、ここにいてください。ぼくは渋井さんとちょっと話してきます」
「わしも行こう」
「ここにいてください。二人で話してみたいので」
「おまえひとり、行かせるわけにはいかん」
「大丈夫です。手を出したら、渋井さんの負けです。二人だけのほうが向こうも本音が出るでしょう。ぼくも事情をすっかり飲み込んでいるわけじゃないので」
 柴田さんは黙って直木を見つめ、それからいった。
「近くにいるけん、いざとなったら声を上げろ」
「そうします」
 直木は詰所の前に立ち、ドアを開ける前に深呼吸した。
「渋井さん、ちょっと失礼します」
 渋井はラジオを聴きながら、書類をめくっていたが、すぐにふりむいた。穏やかな顔だった。
「おお、入れ。まあ、そこに坐れ」
 直木は渋井の指し示す椅子に坐った。部屋は柴田班の詰所よりやや広く見える。エアコンが動いているが、利きが悪いのか、大型の電気ストーブのスイッチも入っていて、ちょっと暑すぎるくらいだ。柴田班の詰所はプレハブだが、ここは建屋にじかに建設されていて、床はコンクリートだ。事務机が二つ、椅子が四脚、冷蔵庫と書類棚と水屋があり、ポットには湯が沸いている。
「お仕事中ですか」
「なに、かまわん」渋井はラジオを消し、書類をぱらぱらとめくって、ぱたんと閉じた。「大江が動作標準の見直しをやれというが、やったことのない仕事ばかりで、なんもわからんちゃ。改訂個所なし、見直し完了、と書くだけっちゃ。柴田さんに、詰所で休憩してくれと何度も言ってるのに、なんで入ってこんのね。おれはなんも、けんかするつもりはないんで」
 直木はポケットをさぐって、安部係長にもらった書類を取り出した。
「渋井さん、この命令は受けとりましたか」
 書類を眼にしたとたん、渋井の表情がころっと変わった。みるみる眼に憎しみがこもってくる。直木をにらみつけ、どすの利いた声を出した。
「その紙切れがどげんしたと。若造がおれにいちゃもんつける気か」
 眼がすわっていて、迫力がある。背はやや低いが、頑丈そうな体つきで、肩と胸の筋肉が盛り上がっており、作業着に隠れた腕っぷしも太そうだ。重い物の持てないという腕が本当なのかどうかわからないが、どちらにしても相手は六十まぢかのじいさんだ。敏捷さに違いがあるはず。まさかおくれをとることはないだろう。
「ぼくもけんかする気はありませんが、これは職務命令です」
 渋井はさっき閉じた書類を乱暴にたたいた。
「やってるやないか。言われた仕事をちゃんとやっとる。どこでやろうとおれの勝手や」
「製鋼ハウスに移動すること、渋井さんの職場は以後製鋼ハウスである、と書いてあります」
「昨日今日入ってきた若造が偉そうなこと言うんじゃねえ。事情がわかってものを言っとるんか」
「渋井さんの言い分があれば聞いてみたいと思います」
 渋井はなおも直木をにらみつけていたが、ふと表情をやわらげた。
「聞きたいなら聞かせてやる。おまえ、タバコ持っとるか」
 直木はタバコとライターを取り出し、渋井に渡した。
「おれはタバコは止めたが、たまに吸いたいときがある」
 引き出しから灰皿を出してきた。直木もタバコに火をつけた。窓の外を柴田さんがそっぽをむいたまま、通り過ぎた。
「柴田さんもおるなら入ってもらえ」
「まず、ぼく一人に説明してください」
 渋井はちょっと不審そうな顔をしたが、話し始めた。話はやたら長々しく、くどかった。しかし、その内容は、直木のすでに聞いていることだった。ろくな部下をよこさない。役に立たない者ばかりよこす。たまに役に立つ者はすぐにやめてしまう。一年半前に転んで肩を打った。池山課長に労災認定を頼んだが、拒否された。そのときにいずれ高いものにつくぜと警告した。結局後遺症が出て、酸素ガンが持てない。そのとき以来、若い者をよこせばおれが指導するというのに、よこさない。だから、仕事ができない。
 直木はすでに話の要点をつかんだが、渋井の話は終わらない。尻尾を飲み込んだ蛇のように、同じところを堂々巡りして、いつまででも続いていく。きりがない。がまんしきれずに、直木が口を出した。
「二点あります。ぼくは確かに若造にすぎませんが、ろくな部下をくれないという点については、柴田さんの言っていることが正しいと思います。ぼく自身もふくめて、ここの仕事がすぐ満足にできる人間はいません。それを柴田さんは忍耐強く育てているんだと思います……」
 みなまで言わせずに渋井が口を出した。
「簡単そうに言うじゃねえか。何の技術も持たんくせして、人の言うことを聞こうともせんやつをどうやって育てるか。おれが丁寧に教えるのに、ひとつも言うことを聞かん。勝手なことばかりする。そんなやつをいつまで面倒……」
「待ってください」ふたたび渋井が話を蒸し返して長広舌をふるいそうになったので、直木は強引に割り込んだ。
「もう一点です。労災云々の問題」
 それを聞いて渋井は口を閉じた。
「渋井さんの言ったことが、もし事実だとすれば……」
「事実じゃないと言うんか。現におれは……」
「ぼくにも少しはしゃべらせてください」
 直木は声を高めて、渋井をさえぎった。渋井は黙った。
「事実だとすれば会社が悪かったと思います。でも……ちょっと聞いてください」
 渋井がまた口を出そうとしたので、直木は再びさえぎった。
「しかし、働けないという事実があるのなら、しかるべき診断書を提出して、休職か転籍を願い出るのが筋です。それを労災と認めるかどうかは、また別の判断です。それを、働かない人間に給料を払う会社も会社だが、それを良いことにして、働かずに給料をもらい続ける。聞くところによると、大江さんが何を言おうと働けないの一点張り、課長と係長が来ても閉じこもってドアに鍵をかけて開けない、安部さんには、下請けの言うことなんか聞けんと言ったそうじゃないですか。課長の胸倉つかんだとも聞きました。これは尋常じゃないです。結局、労災をもみ消したという会社の弱点を脅迫して、給料をかすめとっているんです。脅しに負ける会社も馬鹿だが、一生懸命しんどいめをして働いている者の眼からあんたがどういうふうに見えるか、それがわかりますか」
「なにを、このくそがきが」
 すでに話の途中から、渋井はこぶしを握りしめていた。ものすごい形相で、いまにも殴りかかってきそうにも見えた。直木も身構え、一瞬迷った。両脚を踏んばり、肩に力を入れた。だが、引かなかった。
「殴りなさい。ぼくは直ちに警察へ行きます。あなたの人生はそこで終わりですよ」
 渋井の眼がわずかに揺れた。渋井が迷っている、と直木は感じた。やがて、こぶしを開き、身を引いて、しらけたような表情をした。あるいは最初から脅しだけだったのかもしれない。
「誰が殴るってか。びびってるんじゃねえか。いいか、青二才……」
 だが、直木は再度渋井をさえぎった。
「待ちなさい。まだ言いたいことがあります。大江さんがどれだけ苦しんできたか、わかりますか。あなたのところに人をやっても駄目なのは、経験からいやになるほどわかっている。あなたをよその部署にやろうともしたけど、みな、あなたのことを知っているから、誰も引き受けようとしない。ここにあなたがいるかぎり、来るものはいない。仕事は出来ない。課長、係長からは、おまえが監督者なのだから、何とかしろと言われる。大江さんは作業長をやめて自分でここへ来るとまで言ったんですよ。あなたと会社の関係がどうなのか、ぼくは知りません。ただ、働く立場のぼくらからすれば、あなたの存在は迷惑なのです」
 渋井は直木をにらみつけていたが、もう殴る気はなさそうだった。
「口だけは達者なやつだが、おまえは裁判官か。出るとこへ出りゃ、どっちが正しいかはすぐにわかる。おれは……」
「出なさいよ、出るところへ。課長もそのほうがいいと言ってます」
「おまえは正義のつもりか。おまえの青臭い頭で考えた理屈が世の中で通るわけやないぞ。おれは三十年間、会社にひどい目にあわされてきとるんや。集塵機の作業を永年やらされて、肺もやられとる。いったん工事に出りゃ、夜も昼もないぞ。それがみんなサービス残業や。おまえは……」
「だから、会社との問題は会社と堂々と交渉したらいいじゃないですか。ぼくは自分が正義だなんて思っていません。ぼくだって頭がありゃ、こんな安月給の会社で働きませんよ。でも、たとえ安くても、給料をもらっている以上、それにみあう仕事をしようと努力するのは男の意地です。あなたの体がどうだか知らないが、あなたにだって出来る仕事があるでしょう? ところが出来ないんです。あなたが自己主張ばかり強くて協調性がない。それであなたにさせる仕事がないんで大江さんは困っているんです。それをいいことにあなたは遊んで給料をもらっている。そんな人のそばで働きたい人は誰もいませんよ。だから、あなたにここにいられたら迷惑なんです」
「もういい!」渋井が机を思い切りたたいた。書類が乱れ飛び、一部は床に落ちた。「口先ばっかりのおまえのおしゃべりをこれ以上聞こうとは思わん。屁理屈こねまわすのは十年早い。出て行け」
 直木は立ち上がった。ドアを開けながらいった。
「言っとくけど、これで終わりじゃないですよ」
 渋井はいまにも椅子を蹴って向かってきそうな勢いで直木をにらみつけ、
「そっちこそ、覚悟しとけよ。言いたいこと言って、それですむと思うなよ」
 ドアを閉めると、眼の前に柴田さんがいた。ふたり、鍋の前に戻った。もう昼近かった。
「仕事の邪魔してすみません」
「おまえをほっとけんやないか。出て行くとは言わんじゃろ」
「ええ。でもぼくも決心がつきました。渋井さんはもうおしまいです」

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