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「属国民主主義論――この支配からいつ卒業できるのか」白井聡 内田樹 東洋経済新報社 2016年

 39歳と66歳の、親子といってよい歳の差の二人の対談だが、対談に現れた限りではほとんど意見の食い違いがない。そのうえ二人の考えがこれまたほとんどぼく自身の考えとも一致する。こういう本は逆に考えが深まらないきらいがある。「そうだね、そうだね」と言って終わってしまう。
 それでもいくつか面白いところもあったので、本の内容というよりも、本を読んで思い出したことなどを少しだけ書いてみたい。
 第二次大戦に敗北し、アメリカ軍の支配下に置かれて以来72年経つが、日本はいまだに独立できていない、アメリカの属国であり、アメリカに逆らった総理大臣の首はすぐに飛ぶ、というのが本書を貫く柱である。のだが、じつはその話は本の冒頭だけで、あとは雑談的話題に流れてしまう。流れながらときどきまたそこに帰っては来るのだが……。
 日米安保条約と在日米軍基地とは日本を守るためにあるわけではもちろんないが、アメリカの世界戦略のためですらない。日本国民と日本政府にアメリカの軍事力を見せつけ、反抗できないようにするためである。アメリカに逆らった総理大臣の首はすぐに飛ぶ。田中角栄はアメリカに先駆けて中国との国交を回復したので、ロッキードで飛ばされてしまった。鳩山由紀夫は普天間の基地を最低でも県外と言ったのですぐに降ろされた。日本政治は完全にアメリカのコントロ-ル下にある。
 もちろんぼくもそう思ってはいる。しかし具体的にどういう機関がどういう方法で事態を動かしているというはっきりした証拠のある話ではない。思うだけなら素人のぼくだって思っているわけで、学者の対談なら、なにがしかの証拠を提出してもらわないと読んだ価値がない。
 米軍基地の存在が日本の支配階級への暗黙の脅しとなっている、というのが両氏の主張でぼくもそうは思う。それが以心伝心で総理大臣の首を切るらしいのだが、角栄のときにはロッキードといういかにも怪しげな事件があった、鳩山のときには母親からのお小遣いの話だった。それらが仕組まれたらしいとはだれでも思うが、明確な証拠がない。だから話はそれ以上には進まない。
 そこで庶民がこの問題をどう思っているかについて昔の話だが、本を読んでいて思い出したのでちょっと書く。
 半世紀近く前、京都の工場で働きながら、民青を組織していた。目を付けた若手の労働者を呼び出しては話し合った。すると彼らの口からぼくの思いもよらない考えがいろいろ出てきて驚かされた。
 日本共産党は戦前から戦争に反対して闘ってきたとぼくが言うと、A君はこう言った。「戦争したから戦争に負けて日本は民主主義の国になった。戦争に反対して戦争をしなければ負けることもなかったから今でも軍国主義のままだろう。それでよいのか?」「???」
 めちゃくちゃな理屈だが、妙に説得力があって、考えたこともない理屈だったのでぼくは面食らってしまった。
 またB君の話。共産党と社会党とで連合政権を作るのだと言うと、B君がすかさず言った。「そんなことができるはずがない。選挙で社会党と共産党とが勝てば、米軍が黙っていない。戦車と銃とで潰しにかかる。米軍はそのために日本にいる」
 A君もB君も特殊な人間なのではない。当時の日本人は若者に限らずこういう考えを常識的に持っていただろうと思う。
 だが、いまの日本人の世論はどうなのか。米軍の表向きの存在理由は時代ごとに変化してきたが、それがじつは日本支配のためなのだと納得させるためにはそれなりの証拠を示さねば難しいのではないか。
 ちなみに田中角栄の話は、むかし黒田元大阪府知事の講演で聞いた記憶がある。いつのことだったか、どこでだったか思い出せないのだが、知事を辞めた後のことだ。このときは日中問題ではなくて原子力問題だった。田中角栄がアメリカの技術によらずに日本独自の技術で原子力を開発しようとした、それがアメリカの怒りを買ってロッキードを仕組まれたというものだった。
 ぼくは小泉と金正日の和解がつぶれたことにもアメリカの影を見る。あの独裁者が頭を下げて謝り、被害者たちが帰ってきたのに、日本の世論はこれを歓迎するどころが、正反対に動いて、この和解を完全に葬り去ってしまった。だが、支配者の側が世論を工作するのは簡単なことである。日本と北朝鮮との勝手な和解はアメリカにとってはまったく面白くなかったはずで、これをつぶすための世論工作がなされたと考えるのは突飛なことではないだろう。だが、もちろんその証拠はない。

 あといろいろなことをしゃべっているのだが、この二人は二人ともにそれぞれ民主主義や平和のための運動を協力関係に持っていきたいと思ってそれなりに動いているらしいのだが、どうしてもこの運動は共産党と非共産党とで別れてしまうということを嘆いている。これは一度ブログに書いた。お互いに相手を理解する努力が必要だとして、自分が共産党に親近感を持った理由をお互いに述べている。
 内田の場合は神戸女学院で働いていたときの同僚に共産党員がいて、この人が信頼できる人だったので、この人を通して共産党のイメージが変わったというのだ。
 白井は京都精華大で働いている。で、京都住まいで京都の共産党員と飲みに行く仲になった。するとこの党員が次のように言ったという。「天皇は明治以来ファシズムの道具となってしまったが、京都人にとって天皇とは江戸時代に京都にいて非常に貧しい暮らしをしていたころ、市民がご飯を差し入れしたりしていたその時代の天皇である。それは天皇陛下ではなく、天皇はんなのだ。京都人は、そしてその一人である自分も、そういうイメージを持っているので、党中央のように天皇に対して厳しい見方ができない」
 このように率直に自分の感覚を語り、その感覚を大事にする人が共産党にいる、それを知ったことが内田の場合と同じように共産党に対する信頼感につながったという。つまり共産党が世間で思われているような右向け右の党ではないのだということを知るきっかけになったということである。
 ぼくも京都には八年ほど住んでいたので、これに関してはなるほどと思うことが多い。当時京都では共産党は自民党に次ぐ勢力で、社会党や公明党よりも大きかった。若者たちは口を開けば共産党や赤旗の悪口を言ったが、赤旗の悪口を言うということがすでに赤旗を読んでいるということで、選挙になると、「でも結局共産党以外に投票できるところがないなあ」と言って投票していた。党の宣伝で地域をアトランダムに回ると、長屋住まいの労働者たちが、「わかってる。わしも共産党や」と返してくる。小さなアパートを借りて住み始めると、隣の住人のいとこが滋賀県から共産党で立っていたり、下の階の住人の部屋では何やら学習会をやっていたりする。
 つまりそこらじゅう共産党だらけだったのだが、おかしいことに、この人たちがたいてい天皇大好きか、少なくとも好意を持っている、もしくは寛大である。これが京都という土地だったのだ。
 京都人は一般に東京に反感を持っており、大阪も嫌いである。いまだに京都が首都だと思っている。天皇はいま仮に東京に貸しているが、いずれ返してもらうのだという。
 もちろんこれはぼくが京都にいた頃の半世紀も前の話だ。でも白井の話を読むといまでも似たようなことらしい。

 ほかには若者論や老人論がある。白井は学生時代からかれこれ20年大学生を観察してきたが、こう変わった、ああ変わったと言う。若い白井君の口からそう聞かされても、なんだかぴんと来ない。この世代論は学問的でなく、結局雑談なのだ。
 で、読んだばかりなのにもうあまり記憶に残っていないが、少しは面白いこともあった。パソコンの時代が終わった。もう若者たちはパソコンを持っていない。持っていないばかりかキーボードに触ったこともない。そこで新卒を雇った会社が困り抜いている。会社ではいまだにパソコンを使っているのに、新卒は打てないからだ。ついこの間まで、いまの若者はみんなブラインドタッチができると言っていたのが嘘のようである。
 あと、「諸君」などの右翼雑誌の購買層は意外に年齢が高くて、60代70代なのだそうだ。これは信頼できる統計らしいが、そこから敷衍してネトウヨも案外年寄りなのでないかと言っているのは、確かな話ではなさそうだが、さもありなんとは思える。絶望した若者がネトウヨをやっていると思われてきたが、いくらなんでも若い連中があんな馬鹿々々しいことをいつまでもやるわけがないだろう。なかには「私は普通の主婦です」などといかにも芝居っ気たっぷりに書くネトウヨもいて、これにコロッと騙される年寄りもいるようだが、そういう世界なのだ。ずらずらとコメントが並んで炎上だとか言って騒ぐが、よく見ると同じペンネームの人間が繰り返し書いているだけである。一人が複数のペンネームを使い分けていることも考えれば、ネトウヨの人数は意外と少ないというのは確かなことのようだ。最初から相手をする必要がない連中である。

 以上、こういう内容の本である。特に読む必要もないが、読んで損する本でもない。
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616:管理人のみ閲覧できます by on 2016/08/04 at 17:20:24

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