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みたび「社会主義リアリズム」

「社会主義リアリズム」に興味を持つ人などもういないだろうし、そんな言葉を聞いたことのある人すら、すでにほとんどいないだろう。もはや死語なのだ。ぼくにしてもたいして関心を持ったわけではなかった。
 ただ民主文学という団体の近くで読み書きしていれば、若いころ具体的な歴史的経過も知らずに耳にした「批判的リアリズムから社会主義リアリズムへ」という言葉がたまに頭をよぎったりした。民主文学にときおり現れる批評の基準などというものとの関連においてだ。
 今回5月号の谷本論考が民主文学を代表する見解というわけではなかろうが、ともかくそれが民主文学誌に載ったという事実はぼくの気持ちをすっきりさせるものだった。それはある意味「社会主義リアリズム」に引導を渡すものと思えた。
 もっとも谷本氏は自分が批判したのはソビエトにおけるそれであって、かつての日本で唱道された「社会主義リアリズム」はそれとは別のものであったと言っている。その論旨は半分は納得する。だが疑問も残る。
 ぼくは共産主義者として小説にかかわりながらプロレタリア文学にまったく関心を持たずにきたので、それに関する文学理論の歴史にも全然知識がない。そこで今回この機会に少し資料を当たっていて次のものにぶつかった。
 桑尾光太郎「森山啓の社会主義リアリズム論ーープロレタリア文学運動と人民戦線に関する一考察ーー」
 桑尾氏は学習院の若い教師である。どういう人かはまったく知らない。森山啓という名前も初めて目にした。桑尾氏によると、蔵原惟人らが逮捕された後のプロレタリア文学評論の中心人物だったそうだ。蔵原惟人もぼくにとってはその戦後の文章を昔少し読んで、くだらないことを言う人物だなと思った以外にまったく知識がない。
 だが、いま年表を繰ると蔵原はじめ1930年ころに活躍した共産主義、プロレタリア文学関係の人物たちはみな20代からやっと30になったかならないかという年齢である。そう思うとやはりそれなりの敬意を払うべきだとも思えてくる。
 それはそれとして、桑尾氏がここで試みようとしたのは、30年代のヨーロッパにおいて、人民戦線が具体的な大きな社会現象となったのに、日本ではそうならないまま天皇制ファシズムに簡単に呑みこまれてしまった、その原因を探る一環として森山啓の社会主義リアリズム論について検討を加えたということらしい。桑尾氏自身が最後に述べているように、論はまだそこまで行っていない。森山啓の位置づけというあたりで終わっている。だが、参考になるところがある。
 若い論者なのでジャストタイムで30年代を経験しているわけではない。そこで学者らしい仕事ぶりで様々な資料を引張り出してくる。そのなかに参照に価するものがある。
 短い論考に註が64件、本文が12ページのところに註が4ページも付いている。引用した書名とそのページ№のほかにその文章の初出(すべて33,4,5年ころ)を記している。資料としての信用度は高いと思われる。以下の三つを読み比べてみていただきたい。なお〔 〕は伏字を起こした部分である。

 Ⅰ
 プロレタリア〔独裁〕の数年間、ソヴエト芸術文学およびソヴエト文学批評は労働者階級と共に歩みつゝその新らしい創造的原則を創り上げた。結果の中に含まれたるこれらの創造的原則は、ーー一方では過去の文学遺産の批判的摂取、他方では社会主義的リアリズムの原則の中にその主要なる表現を見出したのである。
 ソヴエト芸術文学批評の基本的方法たる社会主義的リアリズムは、現実をその〔革命的〕発展のうちに、正確に歴史的・具体的に形象化することを芸術家に要求してゐる。この際、芸術的形象化の正確性並びに歴史的具体性は、勤労大衆を社会主義の精神において思想的に改造し、教育するといふ任務と結合しなければならぬ。 
 社会主義的リアリズムは、芸術創造に対して、創造的イニシアチーブの顕現、並びに多様なる形式、スタイルおよびジャンルの選択の特殊な可能性を保証してゐる。

 Ⅱ
「社会主義リアリズム」は日本の作家の間に漫然と使用されてゐるやうな、超段階的なスローガンではないらしい。(中略)日本のプロレタリヤ作家がこの「社会主義」の意味を、理想としての社会主義の如くに解して漫然とこのスローガンを自己のスローガンとなし得るかのやうに考へてゐた誤謬は、直ちに訂正されなばなるまい。と同時に、我々の現実の再検討によって、我々は、究極に……リアリズムを望見し得る、一つのスローガンをかゝげなければならない急務にさらされたわけだ。

 Ⅲ
 意味ふかい社会主義的リアリズムの提議が漫然と超段階的なスローガンであるかのやうに作家の間に使用されるやうな影響の仕方で、日本に紹介されたのであったらうか。

 Ⅰは1934年の第一回ソビエト作家同盟大会で発表された文書、Ⅱはそれを読んだ平林たい子が35年に「文学評論」一月号に書いた感想、Ⅲはさらに平林を読んだ中条百合子が同誌二月号に書いた感想である。
「超段階的」という言葉の意味を桑尾氏は解説していないが、当然これは「超階級的」を検閲を逃れるために言い換えたものだろう。
 もちろん当時の社会状況の下では、すべてに違う解釈を与えることもできよう。だが、仮に、いまの我々の眼から見るとするならば、Ⅰは、ソビエトにおける「社会主義リアリズム」というものが翼賛イデオロギー以外の何ものでもないことを実に正直に白状した文書であり、平林たい子がそれを鋭く批判したのに対して、宮本百合子にはそれが理解できていないことが明白であろう。
 ぼくが気になるのはそういうところなのだ。すべて悪いのはソビエトであって、日本にはそれと類似のものは存在しないと胸を張って言えるだろうか。
 かつて四月号問題とペアになる形で展開された批評の基準論争という実に程度の低い論争には、はたしてどう決着がつけられたのだろうか。
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