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放射能が降っています。静かな夜です。

 和合亮一が、「民主文学」4月号に登場して対談している。二点、注意をひいた。
 学生時代に山形文学伝習所で井上光晴と出会った体験を述べている。和合は68年生まれ、光晴は92年に66才で死んでいる、光晴の死んだのが、和合24才のときだから、二人が出会ったのは光晴の晩年だろう。
 特にほめたたえているわけではないが、強い影響を受けた人として好意的に述べている。
 何が言いたいかというと、これがそのまま「民主文学」に載ったということに「民主文学」の変化を感じるのだ。昔「四月号問題」というのがあった。共産党と対立している誰やらへ「民主文学」編集部が謝意を表したことが大問題となり、編集部が飛ばされた。深い事情は興味もないし、知らない。今回は対談相手として外から招んだ人物の発言なので問題がなかったのかもしれない。編集部が変なことを言えば相変わらず問題になるのかもしれない。その辺の事情もまた分からないが、「民主文学」の変化でもあれば共産党の変化でもあるのだろうか、とふと思った。なにしろ井上光晴といえば共産党を攻撃することで人気を博したようなところのある作家だったのだから。
 もう一点注目したのは、和合が震災を機に超現実主義から離れたという陳述である。
 言葉の作り出す超現実のイメージに強く惹かれて詩作してきた詩人を襲った震災と津波と原発の暴走とは、現実を超現実にしてしまった。この超現実の世界で超現実の詩を書くことなどもはやできない。彼はわかりやすい言葉で詩を書き始め、現代詩の先輩たちから堕落したと責められたという。「上等だ」と和合は開き直る。「現代詩ナンボのものか。あれが原発村ならこれは現代詩村だ。内輪の論理はもうたくさんだ。彼らから責められることが自分の勲章だ」(以上はぼくの翻案であって和合本人の言葉ではありません。念のため)。
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