FC2ブログ

プロフィール

まがねとおる

Author:まがねとおる
無名人
新潟の同姓同名はまったくの他人
以上

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

FC2カウンター

カテゴリ

リンク

RSS

日本共産党について(田口理論)

(多少のリアクションを受けて感じたことを、メモふうに述べる)
 どうやら「民主集中制」は飽き飽きするほど論じられてきたテーマらしいと、いまさらながら気づかされた。
 20数年以上にわたって文学にも政治にも興味を失ってひきこもってきたので、そういう事情に疎いのだ。
 ぼくの書く政治論が説得力に乏しいのは、論争史の裏付けがないことも大きな要因だろう。(それと実践経験が足らないことかな)。
 つまりは素朴すぎる疑問なのだ。多少たじろぐが、でも懲りずに続編を公開していこうと思う。一般国民は誰も論争史に詳しいわけではない。一般国民の代表として書いていくつもりである。
 田口・不破論争は単行本や月刊誌「前衛」を購入して途中まで追いかけていた。70年代のことだったか、すでに80年代に入っていたか分からない。内容も今ではうろ覚えで、民主集中制の問題が扱われていたのかどうかこれも記憶にない。ただ影響を受けたのは確かだ。田口氏の「多元論」はぼくには妥当に思えた。
 民主主義は権力の多元化によってのみ保障される、権力が集中すれば民主主義は成り立たない、資本主義が(先進国においては)一定の多元化に成功してきたのに対して、いわゆる社会主義国は失敗した、という認識は田口著述から得た。
 その先、社会の多元化が民主主義の前提である以上、政権与党の党内にも何らかの多元性が保証される必要があり、そうでない党は民主社会において与党とはなりえない、という認識が田口理論の影響なのかそうでないのかという点はよく分からない。(記憶があいまいだから)。
 社会への規定を党内にまで当てはめようとすることをお門違いといわれてきたし、短絡的であると批判された。確かにその妥当性の根拠を論述せねばならないだろう。しかし複雑な問題であるので、ここでは提示にとどめて、のちの課題とする。
 田口理論が、「ではどうすればよいのか」という現実の問題とは離れたところで展開されているという限界は、当時ぼくも感じてはいた。 
 一方不破反論には、田口氏の提起した問題をまともに考えてみようとする姿勢が感じられなかった。現実離れした空論をふりまわして、田口理論を否定することだけを目的にしているように見えた。
 議論が全く噛みあっていないと思えたので関心を失った。
 この頃から、不破氏には期待できないと思いはじめた。
 近年ひょっとしたことからまた党との間にか細い糸ができて、不破氏の近年の著作を三冊読んだ。だが、どれもぼくの認識を改めさせるにはいたらなかった。彼は基本的に理論家であって政治家ではない。彼の世界は紙のなかにあって現実のなかにはない。
(ひょっとしたら、ぼく自身はもっとそうなのかもしれないと感じつつ)
(以上、言い訳的感想である)
関連記事
トラックバック
トラックバック送信先 :
コメント
▼このエントリーにコメントを残す