プロフィール

まがねとおる

Author:まがねとおる
FC2ブログへようこそ!

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

FC2カウンター

カテゴリ

リンク

RSS

佐藤泰志「海炭市叙景」 小学館文庫

 通勤電車の中でこれを読んでいた娘婿は、「面白いのと面白くないのと混ざっていてどうも読みにくい」と言って投げ出し、ぼくの本棚から東野圭吾を何冊かと、前回の芥川賞の文芸春秋とをさらって行った。
 的を射た評である。
 作者は村上春樹と同じ年の生まれ。函館の高校生の時、2年連続で何かの文学賞を受賞した。東京で同人雑誌をやりながら、国学院の哲学科を卒業、会社勤めもしたようだ。何度か新人賞候補にはなるが受賞できないまま、一度は函館に帰り、職業訓練校に通っている。ところがそこで書いた作品が芥川賞の候補となった。再度上京して作家生活に入る。連続したり飛んだりしながら5回候補になった。だがすべて落選した。
 結局、新人賞の下読みをしたり、書評を書いたりして、細々と暮らしていたようである。
 1990年、41才で自殺した。
 この本は、自殺の直前まで「すばる」に連載していた連作短編を集めている。18作ある。もう18作書いて36作にする予定だったという。
 函館をモデルに架空の都市を創り、バブル全盛期に衰退していく地方都市と、そこに暮らす庶民たちの風景を描いている。
 シャーウッド・アンダーソンの「ワインズバーグ・オハイオ」と解説で読んで苦い記憶が立ち上る。それは50年前の英文科の最初の授業で、ぼくの人生の最初の躓きだったのだ。
 まあ、それはいい。
 描かれているのは街と人々である。人々の暮らしを描いてはいるのだが、ほとんどが主人公たちの心象風景である。18人の主人公が登場して、18とおりの心象をぶつぶつと呟く。ごく日常的な心象であり、劇的なものも思索的なものも詩的なものも、何もない。
 でもいくつかの作品は印象的だ。印象に残る作品と残らない作品とがある。その理由を考えてみれば、それも文学論になるかもしれないが、いまここで試みるつもりはない。若干の感想だけを述べる。
 例えば主人公が朝食の支度をする場面があった(「しずかな若者」)。何も変わったことをするわけではなく、キウイに包丁を入れたりするだけなのだが、その場面を、ぼくはさわやかな気持ちで読んだ。つまり、心象風景を長々と読まされることに飽き飽きしていたので、言葉ではない、行動の描写が心を和ませたのだ。
 ぼくは読者として、心の言葉を聞かされることに慣れていない。言葉ではなく、動きを通して自然に伝わってくるもののほうが好きだ。そのほうが心にすんなり入ってくる。
 この「しずかな若者」は最後の作品だが、わりと気に入った作品である。
 巻頭作もよかった。「まだ若い廃墟」。失業して無一文となった兄妹が初日の出を拝みに山に登る。登りはロープウエイを使ったが、下りのロープウエイ料金が一人分しかない。それが兄妹の最後の金なのだ。妹はロープウエイを降りたところで兄が歩いて下りてくるのを待っている。だがいつまでも兄は下りてこない。妹はいつまでも待ち続ける。
「まっとうな男」が面白かった。飲酒運転で捕まった男が、「飲酒運転が違法であるくらいは知っている。だが、俺は自分の金で飲んだのだ。盗んだのじゃないぞ。それなのに何が悪いんだ」と言い張っておまわりをてこずらせる。その奇妙な理屈に面白味があった。
「大事なこと」。これがいちばんよかったかもしれない。主人公は一人のプロ野球選手のファンだ。だが友人が「あいつは不良だ。女性問題や暴力沙汰があり、プロに入団するのは金のためだと公言した」と批判する。主人公は激しく反発する。「それがなんだ。要するにあいつは野球選手だ。確実にヒットを飛ばせればそれでいい。違うか? それにおまえはあいつと直接話でもしたことがあるのか」
 こういう啖呵を読むと胸がすく。これは全作のなかで例外的に小気味よい話だ。
「衛生的生活」。主人公は職安の職員である。デスクにありながら思いめぐらす彼の心象が、綿々とつづられていく。大まかに言って人生に満足している男のように読める。ところが最後の数行で視点がひっくり返る。主人公を、いままで主人公から観察されていた人物の眼から語る。そこまでのすべての叙述が引っ繰り返され、主人公がまわりの人たちから、いかに馬鹿にされているかが一瞬で暴露されてしまう。
 基本的に芥川の「藪の中」の構造なのだが、視点の鮮やかな反転による見事さは「藪の中」以上だろう。ただ、こういう小説はぼくも20才の頃に書いた。誰でも一度は試みる手法ではある。
「この日曜日」の主人公は共産党系の生協の職員である。生協といっても彼が働いているのはスーパーのような所らしい。話は共産党とも生協とも全く関係ないのだが、そのなかで主人公が、「やがて主任になれるだろうか。でも共産党員ではないのでなれないかもしれない」と述懐するところが気になった。90年ころにはこういう話も現実味があったのかもしれない。いま共産党がそういう影響力を持っている生協があるとも思えないのだが。
 ひとつよく分からないのが、「まっとうな男」の中の次のような事情である。
 この主人公、寛二は1937年生まれで職業訓練校に通っているのだが、中卒高卒で来ている生徒たちとは40近く年が違うと書いている。つまり寛二は50代も半ばに近い。ということは物語の年代は1990年ころで、ちょうどこの小説が書かれたのと同じ頃ということになる。
 その寛二は去年1年成田空港の建設現場で働き、過激派の妨害でひどい目にあってもうこりごりだから海炭市に帰ってきたと書いている。調べてみると、1986年から第2期工事が始まっている。そこは間違いなさそうだ。また過激派がその頃まだいろいろとやっていたことも事実である。しかし工事現場に集団で来て石や火炎瓶を投げる。そんなことが毎日あったと書いている。実際、1985年にはかなり大きなことをやったようではある。だが、1990年に近いころの過激派は、毎日工事を妨害するようなそんな動員力をまだ持っていただろうか。
 ぼくの感覚では彼らはせいぜい70年代で終わりで、あとは散発的なことしかやれなかったように思うのだが、ぼくの記憶違いであろうか。
 あと気になった点と言えば、東京を東京と書かずに首都と書いている。初めにそう書いたのでずっとそれで通すしかなかったのだろうが、違和感がある。
 そして強い上京志向を感じる。それが1990年近くの話なのだ。ぼくらの時代にはまだいくぶん都会志向は残っていた。だが、現代人にはほとんど見られない。でもそれは山陽地方の人間の特性で、北海道の人間は違うのだろうか。
 もうひとつおかしいなと思うのは、市町村合併と市町村の変化との関係である。合併してから市の人間が郊外に移ってきて、市の中心部がすたれる一方、郊外の田舎は移住してきた人間に占領されてしまった、というような記述が方々にある。いくつもの作品の中で強調している。その表現の仕方が、まるでこの人口移動の原因が合併にあるかのような書き方なのだ。その因果関係を強調するような書き方である。そして人々の暮らしの変化の原因をそこに求めているように読めてしまう。
 だが、この変化の原因は合併にあるのではない。合併は単なる行政上のことにすぎず、人々の生き方を変化させはしない。この日本中のすべての都市を襲った変化の原因は車社会の到来である。車で移動するようになったので、狭いところに固まって住む必要がなくなった。いままで郊外だったところが距離的に街の中心と変わらなくなった。その上車は駐車場を必要とするので、街の中心部はかえって不便になり、郊外の方が便利がよくなったのだ。
「海炭市叙景」の作者にはそこがあまりはっきり見えていないように思える。
 見てきたようにいくつか疑問はあるのだが、感心するのは、まだ40才になるか、ならずの齢で、自分中心の主観的な世界を離れて、多様な貧しき人々を描こうとしていることだ。40才と言えばぼくにとっては、そこで小説を捨てたというべき年齢だが、そのころ、ぼくが書いていたのは自分のことばかりだったと思う。そして30年隔てて、いまでもそこから成長できていないような気がする。
「海炭市叙景」は一種のプロレタリア文学であろう。「労働者を書きさえしたらプロレタリア小説なのではない」といつぞや「民主文学」誌上で誰かが言っていたが、しかしプロレタリアも書かないプロレアリア小説では仕方ないのであって、佐藤泰志はたしかに労働者を書いたのだ。
 振り返ってみると、ぼくはもともと短編集を読むのが苦手だ。長編は何冊あろうとも、設定は同じで、ストーリーは続いており、人物も一緒である。読むほどにむしろ物語世界に馴染んできてどんどん読みやすくなる。
 短編集はそうはいかない。薄い文庫本一冊であろうと、18の短編が詰め込まれていれば、18の物語を読まねばならない。18冊読むのと変わりないくらいのエネルギーがいる。
 まあ、そういう事情もあり、木沼さんの作品集、浅尾程司氏の百枚くらいの自作本「美術部室」を読み感想を書いていたこともあって、「海炭市叙景」1冊に一月くらいかかってしまった。
 浅尾氏への感想は(もう郵送してしまったが)いま思うと書きすぎたなと思える。非常に楽しく読み、感動もしたのに、細かい文章が気になってこまごまと書いてしまった。反省しているが、やってしまったことはもう取り消せない。
関連記事
トラックバック
トラックバック送信先 :
コメント
▼このエントリーにコメントを残す