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辺見庸

 辺見庸が厳しいことを言っている。
「右傾化のレールはすでに敷かれてしまった。安倍が退陣したとしても、この流れはもう止められない。現在はすでに1937年である。SEALDsなんか、右に行くのは嫌だと言って現状維持しようとしている保守派だ。現状を変革しようとするエネルギーを感じない。デモのあとでなんで道路掃除なんかするんだ。そんなお行儀のよいことをするな。戦争が始まればたちまち呑み込まれていく勢力としか思えない。もっと怒れ。場違いな人間になれ」と言っている。(これはぼくによる要約であって言葉通りではありません。念のため)。
 言っていることは、古本屋さんやデボーリンさんが言っていることと同じである。しかし言葉というものは微妙なもので、表面上同じように見える言葉が、ちょっとした言い回しの違いによって、発言者の心の違いを如実に反映する。
 古本屋さんやデボーリンさんにとってSEALDsは敵のスパイであって、変革を妨害し、右傾化を助ける勢力である。ほんとうの変革者は自分たちである、ということになる。
 辺見庸の言いたいことは違う。彼はSEALDs程度の反逆者しか出てこないことを嘆いている。日本人はすでに負けてしまった。もうじき戦争が始まる、そういう絶望感の表明なのであり、決してSEALDsよりも古本屋さんやデボーリンさんのような人々のほうがあてにできるとは思っていない。あてにできる日本人はもういない。みんな負けた。せいぜいSEALDs程度しかいない、と言っている。
 裏返して言えば、SEALDsにもっと過激になってほしい、浮ついた反対だけでなく、もっと深い怒りと変革の意志を持ってほしいと望んでいる。
 辺見庸の立ち位置は、古本屋さんやデボーリンさんとは正反対のところにある。
 言葉は、単に記号として切り離せば、何も語らない。その表現の微妙な違いに現れる発言者の思惑の違いをこそ読みとらねばならない。
 もちろん辺見庸はずっと悲観的だ。もう諦めているようにも読みとれる。でも絶望が深ければ深いほど、内に秘めているのはなんとかしたいという意志なのだろう。彼は文筆家なので、せめてその世界でできることをしようとしている。ぼくは何ひとつ影響力を持たない人間なので、SEALDsへの期待の掛け方は辺見庸よりも大きい。
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