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高橋源一郎のこと

 朝日新聞の論壇時評はときどき読んでいたが、11年に高橋源一郎が担当するようになって注意をひいたのは、いわゆる論壇ではなく、どうでもよいようなちっぽけな記事をどこからか拾い集めてきて、それを正面から扱うその独自な態度だった。それは社会学者たちのフィールドワークをも思い起こさせた。彼の小説は読んだことがなかったが、小説家にふさわしい態度とも思えた。
 だが、俄然注目度が上がったのは、12年8月30日の記事である。尖閣問題だ。
 報道ステーションに出て、「尖閣問題なんかどうでもよい」と発言すると、ツイッターに膨大な非難が殺到した。いわく「非国民」「国賊」「反日」「死刑だ」「お前も家族も皆殺しにしてやる」。
 世論はこの問題で湧きたっていた。ぼくは世論というものに愛想がつきていた。そのうえ日本共産党までが、「尖閣は日本の領土である。そのことを自民党政府が国際世論に訴えなかったので問題が起こった。広く国際世論に訴えるべきである」と強調していた。
 当時岡山県委員会の副委員長だか、書記長だかと定期的に会合を持っていたので、「これはおかしい」と抗議しても、顧みられることはなかった。
 ぼくは日本中でただ一人孤立しているような気がした。
 領土問題は当事者間の問題であって、国際世論は関係ないし、国際世論が関心を持つなどということはありえない。おたがいに自己主張するだけでは永遠に解決しない。冷静に話し合って、おたがいにとって最もよい解決法を探るべきなのである。そのとき邪魔になるのは、双方の過熱した世論だ。政府が譲ろうとしても世論がそれを許さない。したがって賢明な政治関係者の為すべきことは世論を冷ますことであって、煽り立てることではない。
 自民党関係者にそれが理解できないのは仕方ないとしても、共産党までが理解できていないことがぼくは悲しかった。
 そういうとき、高橋源一郎はぼくが初めて見出したぼくと同意見の人物だった。
 実はそういう人物はけっこういることがおいおい分かったが、当時のぼくの狭い見聞の範囲にはナショナリズムに沸き立った世論しか目に入らなかった。当時まだネットもやっていなかったので、その世界のすさまじさも知らなかった。
 ある親しい共産党員に、「高橋源一郎がネットでこんな目にあったそうだ」と話したら、「それは高橋が悪い。ネットの方が正しい」と言ったのでびっくりした。たとえ高橋の意見が間違っていたとしても、ネットの批判の仕方は異常だろう。ま、共産党員といっても人さまざまでこんな人は、そんなにいるわけじゃないが。
 それからしばらくして古本屋さんともネット上で出会うことになったが、ぼくが最初彼に好意を持ったのは、ひとつには言論の自由で彼がぼくを擁護してくれたからだが、もうひとつは領土問題での意見が合ったからだ。自分が決して日本中でただ一人の人間ではないことがだんだんわかってきた。
 ただ彼の意見では、領土問題はもうしばらく放っておいたほうがよいという。ぼくの考えではなるべく早く解決すべきである。ただ国民感情が険悪ないまは不可能なので、結果的に古本屋さんと同意見になるかもしれない。

 ぼくはもともと共産党にはかなり批判的だったが、ネット世界の口汚い右翼言論は読む気もしないとして、左翼の側からの批判がかなりあるのを読んで、だんだん共産党がまともに見えてきた。
 古本屋さんが代表的だが、いまだに60年代を引張り出して、日韓条約がどうのと言ったり、あるいは古い共産主義読本から抜け出してきたような弁証法的唯物論などという生の言葉が出てきたりすると、やれやれという気持ちになってしまう。
 ぼくは日本共産党にはもっと右に寄ってもらいたいと以前から思っていたし、いまでもそうだが、オールドマルキストたちの左からの言論がけっこうあるのを見ると、共産党は左右のバランスをとっているのだ、ということがよく分かる。

 で、話がこっちの方へ脱線してしまったが、もともと言いたかったことは、いまぼくが最も共感できるのは高橋源一郎だということである。以上。おしまい。
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