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最上 裕 「陸橋を渡る足音」

 三分の二くらいまで事実経過を語るだけの平板な叙述が続き、作家の個性が感じられない。ところが、主人公が一転して会社にたてつきはじめるところから急に面白くなってきて、終盤、システムトラブル解決のために同僚の自発的な協力を得て徹夜で奮闘し、明朝の期限に間に合わせるスリリングな場面には、俄然ひきこまれた。
 小説にはやはり葛藤が欲しい。人間対人間でも、人間対自然でも、あるいは人間対システムでもよい、躍動するものが欲しいのだ。
 三分の二を占める平板な場面が、終局にむかって充電しつつある箇所と言えなくもないのだが、あまりにも平板すぎた。上司とのやり取り、同僚と語りあう場、家族との会話、どれをとってもあまりにも個性がない。作りものに見えてしまう。何かが欲しかった。
 また、最後にきてまさに労働自体が主役となるが、職場の場面が多いのだから、部分部分にもっと早くから労働の描写が欲しかった。労働者は労働していてこそ労働者だろう。
 気になる点を一点。
 今回7000人の正社員が切られるわけだが、これは建前上、退職を無理強いされない正規社員の話である。ところが三年前に二万人の非正規社員が切られた。これは法律の保護を受けることなく無条件に解雇された人々である。彼らがもしこの小説を読んだとしたら、馬鹿馬鹿しい気持ちになったのではなかろうか。ここでは正規のことだけ書いたということでよいのだろうか。作家は一作ごとに全体を見る眼を問われているとは言えないだろうか。どこかに彼らの視点を入れてほしかったと思うのは過剰な望みであろうか。
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