プロフィール

まがねとおる

Author:まがねとおる
FC2ブログへようこそ!

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

FC2カウンター

カテゴリ

リンク

RSS

守屋陀舟「餅屋茶屋始末記 第一話 兜松仇討ち異聞」(「樹宴」8号)

 歴史小説と時代小説とを区別する人がいる。歴史上の人物事件を歴史的資料に基づいて描き、そこに作者の解釈を施すのが歴史小説、過去の時代を背景に全くのフィクションを創作するのが時代小説と言われるが、この区別はあいまいなものだと思う。歴史的人物事件に仮借して嘘八百を書いている大方の小説をどう呼んでよいか分からないからだ。そういったものと比べれば、はっきりフィクションとして書いているもののほうに肩入れしたい感じはある。山本周五郎や藤沢周平がそうであろうか。
 とは言いながら、じつはそういった小説をほとんど読まずにきたのが正直なところで、だから、この小説の感想を述べる資格はあんまりない。読者が時代小説に何を求めているのかということもよく分かっていないのである。
 しかし、面白く読ませてもらった。90枚くらいの作品である。
 中山道の峠の茶屋の亭主、源三は、じつは小諸藩の武士で、家督を息子に譲ったのちの隠居生活をこういう形で送っている。ちょっと突飛な設定だが、物語の構成上の必要である。
 雪で峠が閉ざされかかるころ、長州武士が二人京都方面から小諸方面に向かってやってくる。その会話を書きながら当時の政情が素描される。その会話の中で、武士の一人は小諸で或る人物と会う予定があるという話になる。そのあと、小諸側から、三人づれの武士が来る。彼らは或る人物を捜索している。見かけないと答えると、折からの雪でもあり、峠越えを断念して戻っていく。
 たったこれだけのことから源三が活動を開始するのはちょっと突飛な感じではあるのだが、そういう展開になる。そこには長州武士の動きに絡ませて、開国か攘夷かをめぐる藩論の行方も気にかかり、茶屋の亭主として平穏な老後を送ろうとしていたらなんだか物騒な世情になってきた、戦争になる気配も見え、息子たち一家のことも気がかりだといったすべてのことを含ませて源三の行動を合理づけている。
 そこから、峠から小諸への源三の徒歩移動の叙述になる。これがちょっとすごい。作者はたぶん実際にこの間をなんらのかたちで移動して取材したのであろうと思わせる。じつに念入りな描写なのだ。ここでついでに書いておくが、もう一つすごいのは、いちいちのものの値段が、その都度、事細かに書き込まれることである。こういったことが物語を立体的に膨らませる。
 そのあと、それまでいく分静止的であった物語が急に激しく動き始める。峠で人を尋ねた三人は、仇討の相手を探していたのだが、返り討ちにあう。ラスト、その本人が峠にやってくる。源三はこれと対峙する。ここでそれまで単なる茶屋の亭主にすぎなかった源三が一挙に武士に変身するところが見どころなのだ。
 結末から見ると、長州武士や、江戸、京都の政情、小諸の藩論云々といったことはストーリーとまったく関係ない。これが単品の小説だったなら、その構成の不整合を咎められるだろう。だが、これはシリーズものの第一話としていまから展開するのであって、そうであれば、ここで時代背景とか主人公の周辺事情が語られるのは正当なことであろう。
 これは一種のスーパーマンものである。茶屋の亭主にすぎないと思われた人物がスーパーマンに変身する、そこにカタルシスがある。しかも前半で時代のリアリティをじっくり描き出しているだけに後半の急展開が効果的であった。
 なお、平和な隠居生活をもくろんでいた主人公に、時代の激動、戦争の予感が降りかかってくるというあたり、まさしくいまの時代を反映しているところがあって、その意味でも興味深かった。
 ただ中山道の地理を全く知らない身にはわかりにくいところがあり、誤読している部分があるかもしれない。もう少し親切な説明がほしかった。
関連記事
トラックバック
トラックバック送信先 :
コメント
▼このエントリーにコメントを残す