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塚本晋也監督「野火」

 尾道で映画を見てきた。てっきり古い映画だと思っていたら、新作である。去年、ヴェネチア映画祭で評価されている。市川崑が59年に一度映画化した。
 終わってから、大林宜彦と塚本晋也が舞台上で対談した。これがけっこう長く聴き応えがあった。
 大林77才、塚本55才である。大林の威勢が良いので、塚本がかなり恐縮していた。
 その大林の言うところでは、塚本は外国でばかり注目されて、国内ではあまり関心を持たれないのだそうだ。ぼくはもともと映画には無知なのでもちろん初めて名前を聞いた。
 やはり大林の言葉だが、市川崑は様式を求める、それに対して塚本は徹底的にリアリズムを追及する、ということらしい。
 ほとんど大林がしゃべったのだが、こんなことも言った。戦争映画にカタルシスとヒロイズムとはあってはならないのだと。これは塚本がこの映画を作るにあたって言った言葉だった。それを大林が紹介した。百田尚樹の「永遠の0」を反面教師としてほのめかしながら……
 映画そのものの感想はというと、確かにリアリズムだ。米兵は一人も登場しない。レイテ島で日本兵がいかに死んでいったかの記録である。彼らの敵は日本陸軍だというべきだろう。まったく理不尽な戦争に狩り出されて、なすすべもなく飢えて死んでいく。この映画はその記録である。
 塚本はまた自然と人間との対比も描きたかったと言った。一部、花の咲き誇る場面が美しいカラーにとらえられ、そういうものも感じさせた。
 何に苦労したかというと、金がないことだった。監督自身が主役なので、とりあえずフィリピンへ行って、カメラをセットして自分を撮ることから始めたという。だんだん金が集まって少しずつ人が増えたが、最終的にもスタッフ4人ほどで撮ったという。ジャングル・シーンばかりなので、植物との格闘、虫との格闘だったらしい。
 ぼくは耳が悪いので、映画のセリフはあまり聞きとれない。字幕が欲しかった。ともかくお世辞にもエンタメではない。ふつう、映画に求めるのは娯楽であり、まさにカタルシスやヒロイズムであるから、お客が来ないのは当然だろう。しかし観終わってみると、やはり何かずっしりしたものが残った。
 ただ、観に来るお客がもともと戦争に反対の人たちばかりだとしたら、広く人々に影響を拡げていくうえで映画が果たせることはあるのかという問題は残るだろう。もちろん、小説はもっと影響力が小さいからもっと問題なのだが。
 いろいろおもしろいことをたくさんしゃべったのだが(聞きとれなかったことも多く残念だったが)、最後に手塚治虫についてこんなことを言った。
 以前アトムについて「まがね」に書いたとき、「放射能を振りまきながら飛びまわるぶっそう極まりない機械」と書いたが、実際アトムは原子力の宣伝に使われた。それについて手塚自身は複雑な気持ちだったと以前読んだ記憶がある。大林のそのへんの言葉が少し聞きとれなかったのだが、アトムを書くのをやめてかなり経ってから、「アトムの初恋」という漫画を描き、そこではアトムと恋人が両方から飛んできて空中でひとつになり、ハートマークの出た瞬間に、粉々に爆発してしまうのだという。
 実際に、原爆とは一定水準に濃縮されたウランの安全量二つを隔離した状態で運搬し、それを目的地において一体化させることによって危険量にして、爆発的に分裂させるものなのだ。自分が生み出したアトムをそのような形で自殺させるしかなかった悲劇である。
 戦争映画批判、特にハリウッドの戦争映画を批判し、かれらは不幸にして戦争に勝ってしまった。勝った者はやめられない。日本は幸い負けたのだから、戦争の真実が表現できるのだという。ぼくも、日本人がそれを自覚できていれば、人類史に貢献できる一番の強みだろうと思う。
 もうひとつ大林が言ったのは、日本の小説はどうも私小説が多くて日記文学だが、大岡昇平はそうではない。彼は文学世界を構築するのだという。それを市川崑はうまく様式化し、塚本はリアリズムにしたのだと。
 戦争文学をまったく読めていない。ずっと気になっていた。この機会に少し読みはじめよう。

 シネマ尾道支配人、河本清順について。若い魅力的な女性なのだが、名前から、女性の僧侶であろうかと思っていた。在日三世なのだそうだ。朝鮮、韓国では普通に女性に使われる名前だということだ。
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