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岸田國士とソフトギアと上之町会館とカレー屋、おまけで漱石

 岡山の天神山に近い上之町会館で、ソフトギアの芝居を観てきた。この今にも倒れそうな建物はお稲荷さんの境内にあるのだが、そのお稲荷さん自体がビルの谷間の狭いところに閉じ込められている。ふと見ると着物姿のおばあさんたちが隣の玄関を出入りしている。何だろうと思ったら、淡交会の看板が出ていた。裏千家の友の会みたいなところのようだ。先日淡交社のことを書いたばかりなので、懐かしかった。
 芝居は岸田國士の短編を二つ、休憩をはさんでもう二つ、都合四つたてつづけにやった。
 じつは岸田國士を読んだことがない。芝居も初めて観る。だから、批評のしようがない。
 きわめて現代風の演出である。大正時代には淡々とやっただろう芝居を、激しく動き、激しく叫んで演じる。いつものソフトギアらしい演出なのだが、この演出にそろそろ違和感を感じ始めた。
 もっとも、ぼくの耳が人の声を言葉として理解することが今では困難になってきているところに根本的に問題がある。早口の絶叫が、音としては聴こえすぎるほどに聴こえているのだけれど、言葉を構成しない。
 そして、狭い穴ぐらのような場所だ。観客と役者が同じスペースにいて、そこで芝居が展開する。いまにもぶつかってくるのじゃないかとひやひやする。こういう実験的芝居は昔からあったが、これにも最近違和感がある。
 要するに昔京都会館で観ていたような芝居がぼくの中に芝居のかたちとしてあり、同じころテント桟敷のようなところで演じられる芝居も観ており、そのときは珍しさもあって興味深かったのだが、いまやぼくの中の保守的な部分が、そういうものを拒絶している。
 そういう個人的な感想しか今は言えない。
 ところで、朝日連載の「それから」は代助が兄嫁と芝居見物に行くところにまで来たが、これがじつは兄夫婦の計略で、父がすすめる恩人の娘との結婚話に代助が乗ろうとしないので、この芝居見物の隣の席に当の少女を座らせて、偶然を装って見合いさせてしまおうという魂胆なのだ。兄はともかく兄嫁までがそんな策略に加担するのかと代助は深く失望するのだが、この兄嫁は父や兄とちがって芝居を理解する人間で、代助は彼女と芝居の話をするのが好きなのだ。
 そこでちょっと興味を引いたのが、芝居を見て戯曲のよい悪いを言うのは筋が違う、それは作家に言えばよいことで、芝居を観にきたら、演出なり、俳優なりが、その戯曲をどう料理しているか、その調理し具合を味わい、かつ話題にして楽しむのが通人なのだと。
 なるほどだが、それはその戯曲をよく知っており、幾人もの演出なり俳優なりでさんざん観てきているから言えることだろう。長じて西洋文明にたっぷり浸かることになる漱石は、幼少期から江戸文明の中で育った人であり、江戸の芝居も落語も小唄も義太夫も身についている。同じものを観に行くのだから、それが以前の演出や俳優とどう違うかというところに興味がいく。
 たしかに、創作劇は別にして、古典の観劇は、ある程度知識を持って臨まないと、いまいち自分自身納得できる観劇とはならないようだ。
 いや、ほんとうは先入見なしにそれそのものをそれそのものとして楽しめれば一番良いのだろうが、ぼくは変に中途半端に芝居に関心を持っているのでそういうことになってしまうのだろう。
 幕間に、二階のその小ホール(ホールという言葉が馴染めない小さな部屋)の眼の前の、同じ建物の同じ階にあるさっぱり目立たないカレー屋兼コーヒーショップで昼食をとった。看板も何もないとても店があるとは思えないこんな場所でどうやって成り立っているのか不思議な店だが、開演に間に合わなくなりそうなくらいたっぷり時間をかけて作ったカレーはなるほどおいしかった。ココ壱のカレーとはちょっと違う。
 その上そこで娘の上司の方とご一緒出来た。すごいやり手の方と聞いていたので、てっきりキャリアウーマン風の女性をイメージしていたら、めちゃくちゃチャ-ミングな女性で、くらくらきてしまった。長生きするとこういういいこともある。
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