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若月香「屋上と、犬と、ぼくたちと」(光文社2014年)

 戸惑っている。どう書けばよいのかわからない。決して下手な作品ではない。文章はそれなりにできている。ただ親しんできた文章と違いすぎて戸惑うのだ。いままで読んできた小説が大人の小説とすればこれは子供の小説だというそんな感じ。もっとも、「少女たちの羅針盤」ほど漫画的ではない。「バイリンガル」と「羅針盤」の真ん中からかなり「羅針盤」の方に寄ったところ、そんな感じだろうか。
 20才の青年男女たちが主人公だが、物語は10年さかのぼる。小学生たちのあいだで起こった殺人事件を10年たって解決する。探偵役はメンバーの一人「おれ」のバイト先の「店長」で、彼はさらに10年年長だ。ところがこの店長には20年前の事件があり、それは10年前の事件と同じ場所で起こった。そこでこの店長はいったい探偵なのか、被害者なのか、それとも犯人なのかという謎をほのめかしながら、三つの時を越えて物語は進んでいく。
 最初に意味不明の短い節がいくつかあり、続いて、「おれ」と店長の会話になる。このあたりが大変違和感があって読みづらい。そのあと、「おれ」が10年前の事件を説明しはじめるところまで来て、やっと読みやすくなる。つまりぼくらの世代でも読める文章になる。
 この10年前が物語の中心なので、しだいに児童文学のような雰囲気になってくる。しかし児童文学と思って読むと何か物足りない。あまり質の良くない児童文学という感じ。つまりそこにはストーリーだけがあってそれ以外には何もない感じなのだ。
 そして、会話が主体になってくるとまた着いていけなくなる。
 結局現代風の会話文にぼくの古い頭が馴染めないのだ。
「羅針盤」やこの作品を読みながらつくづく思ったのだが、我々は文章を読むとき、その意味だけを追いかけているわけではなく、その文章の醸し出すなんらか芳醇なものを味わい愉しんでいる。だから読んでいくことができる。それがないと味気なくて読む気がしない。そして現代風の文章からはそういうものを感じることができないのだ。意味以外には何もない文章という感じがする。
 でもそれは世代ギャップなのかもしれない。とりわけ現代風の会話文についていけないのだが、現実に現代の若者はそういうふうに会話しているわけで、そう書くのがリアリズムで読み手のぼくらのほうがずれているわけだ。
 だからこういう点での評価は保留するとしよう。ぼくらも作品を選ぶが、作品も読者を選ぶ。
 推理小説としてどうかというと、あまり納得できない。事件現場が事件のために無理やり作り上げた場所という感じだが、まあ推理小説というのは多かれ少なかれそういう不自然さは避けがたいものなので、これには目をつぶろう。いちばんよくないのは、推理に不可欠なカギを読者に隠したままで犯人をさらしてしまうことだ。これでは推理小説を読む愉しみがない。作者は解答を明かす前に、謎を解くのに必要な材料をすべて読者に提供し終えていなければならない。
 この作品は「福ミス」第6回(2013年)優秀賞作品で、優秀賞というのはこの賞の場合、受賞を逃した佳作という意味である。図書館で手に入るものからとりあえず読んでこれで4作目だが、受賞作、優秀作含めて、真に本格物というのにはまだ出合っていない。本格物ではないが読者を期待できるということで選ばれた作品ばかりだ。
 島田荘司は本格物を期待していたのだが、すでに本格物が難しい時代なのかもしれない。推理に力を入れると、物語としての面白みがおろそかになりがちである。推理は刺身のツマくらいで、メーンは冒険や恋愛になるということになってしまうのかもしれない。ほんとうに本格物を読みたいという読者がいまどのくらいいるだろう。

 ところでこの作者は、名前の「香」を「カオリ」と読ませる。たぶん女性である。「福ミス」受賞・優秀含めて最初の福山人で、元「ふくやま文学」同人だ。という情報に接していたので、「ふくやま文学」のバックナンバーをめくってみた。手元にあまり揃っていないのだが、2002年の14号に「若井かおり」を見付けた。この人がそうであろう。まだ読んでいない。読めばまた感想も違ってくるかもしれない。

 事件現場として設定されている福山駅前の「秋葉ビル」というのは、昔実際にあった「繊維ビル」である。ビルと言いながら、小説どおり2階か3階の低い建物で、ただかなり広い面積を占めてべたっと地面にくっついていたというイメージだ。そごう百貨店(つぶれたが)やらの高い建物からは見下ろされる位置にあっただろう。足を踏み入れたことはない。問屋街のような雰囲気だった。その建物ができる前は公会堂だった。父の友達がグリークラブの指揮者だったので、よくコーラスを聴きに行った。たしか高校時代の夏休みに、大島渚などの有名人を何人か呼んで何回かにわたって夏期講習みたいなものをやった。それを聴きに行った記憶があるので、公会堂を壊して繊維ビルが建ったのは、ぼくが福山を去ったころだろう。公会堂には冷房設備がなく、氷の大きな塊りを会場の方々へ置いていた。当時夏場の外出には扇子をバンドにはさんで出掛けるのが普通で、扇子で風を送りながら講義を聴いた。
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