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カミュ「異邦人」から白土三平「忍者武芸帳 影丸伝」

 1965年か66年のことだ。どちらかわからない。ぼくは19か20だった。
 北白川に民芸調の喫茶店があり、その名も「民芸」といった。彼女ともこの店に行ったが、いまはその話ではない。R君と話したのもこの店だったろうと思うのだ。
 名前を書かないのは思い出せないからだ。立命の学生だったのでR君と呼ぶことにする。
 どういう経過で知り合ったのか忘れたが、R君は北白川に下宿しており、当時ぼくの同郷人が何人かその近辺に住んでいたので、そのうちの誰かの紹介だったのだろう。
 小柄で、ともかくしゃべる男だった。岩波新書もしくは文庫の一つ星を、毎日一冊読むと言った。当時新書は150円、一つ星は50円だった。
 その読書で仕入れた知識を、一人でしゃべりまくる。いつまでもしゃべり続ける。別れるときが来るまで一人でしゃべる。話し相手のことなど気にも留めない。壁に向かってしゃべっているようなものだった。
 民青に加盟したのだと言って、得意そうに同盟員章を見せてくれた。ぼくも加盟していたが、そんな章など目にしたことはなかった。R君にとってたぶん民青はアクセサリーだったのだろう。というのはそういう活動をしている形跡がまるでなかったので。
 しかし、彼はぼくに決定的な影響を与えた男である。
 カミュの「異邦人」をぼくに教えたのは彼だ。中村真一郎がこれを読んで「日本の小説は百年遅れている」と嘆いたという話を聞かせ、そのとおりだと言った。ぼくも早速「異邦人」と「シジフォスの神話」を読み、かれらに同意した。それは決定的な経験だった。ぼくの文学観は一夜にして変わった。
「作家は、彼の思想を作品の内容で語るのではなく、文体で語る」
 R君がそう言ったのか、ぼく自身でそう思ったのか、いまではわからないが、それがぼくの信念となった。
 ぼくは自分の太宰調の文体を否定し、そして書けなくなった。
 のちにぼくの高校時代の小説を彼に読ませると、「きみの文体はもう確立されている。これを変えないほうがよい」とR君は言った。もっと早く言ってほしかったとぼくは思った。そう思ったことを覚えているので、やはり、文体を変えようとしたのはR君の影響だったのだ。
 フランス語も英語もろくに読めないのに、カミュやヘミングウエイの文体の影響をうけたというのは、結局翻訳文の影響を受けたわけだが、文体というのは文章というのとはまた少し違って何を書き、何を書かないか、どういうまなざしで書くかといったことなのだ。それにしても翻訳文の文章からも影響は受けているに違いないし、必ずしも良い影響ばかりではないだろう。

 さて、ここまではすべて前置きである。
「ふくやま文学」と協力関係にある群馬の「クレーン」が、今回映画エッセイを企画したので、次回は漫画エッセイをやる、「ふくやま文学」も乗らないかという話が出ていたので、ぼくが書くとしたらなんだろうと考えているうちにR君を思い出した。
 思い出したついでにR君のことを書きたくなった。それで書いた。でも本題はここからだ。

 喫茶「民芸」に戻る。「民芸」だったと思うのだが、ほかの店だったかもしれない。よく分からないが北白川ではあった。
「この漫画を見てごらん」と言ってR君が店に置いてあった漫画雑誌を差し出した。小学生のころは漫画好きだったぼくだが、もう6年越し読んだことがなかった。R君が開いてよこした雑誌のページを、あまり乗り気でなく見た。その瞬間、ぼくはその漫画に引き込まれ、R君の存在を忘れてしまった。R君はいつものようにおしゃべりしたが、何をしゃべってもぼくが聞いていないので、とうとう、先に帰ると言って帰っていった。ぼくは一人残って読み続けた。
 なんのことはない、百姓たちが鍬をふるっている図である。だが、鍬はいかにも生き生きと躍動しているように見え、そのはずみで田の土が跳ね飛び、宙を舞い、地平線には大きな太陽が沈みかけている。百姓たちは半ばシルエットと化し、長い影が田の起伏に従って延びている。
 その絵がぼくを虜にした。百姓が漫画の主人公になり、百姓仕事が漫画になるなどとは考えたことがなかった。
 こうしてぼくは、「ガロ」を、白土三平を、「カムイ伝」を知った。
 当時「カムイ伝」は「ガロ」に連載中で、一回分がけっこう読み応えのある長さだった。「カムイ外伝」はときおり少年雑誌に載った。「カムイ伝」が大河ドラマになってしまったので、カムイ一人の物語を別個に書き始めたのだ。これがまた「カムイ伝」とは違う味わいがあった。「ワタリ」も少年雑誌で連載中だった。
 やがて「忍者武芸帳 影丸伝」がコミック本で出始めた。いま無数にある新書サイズの漫画本だ。このような本がいつから出まわりはじめたのか全く知らなかったが、このとき初めて手にすることになった。
「影丸伝」の連載はとっくに終わっていたので、このコミック本によってしか読むことができない。長い話で何冊にもなるのだが、一挙には出なかった。月々の発売だった。蛸薬師のミレー書房で、発刊間なしの「民主文学」や、「文化評論」とともに「ガロ」と「影丸伝」の新刊を買うのが楽しみになった。

 戦国時代の話である。ぼくらが子供のころに読んでいたものとまったく同じ調子で物語は始まる。家老の裏切りで両親を殺され城から落ち延びた城主の息子結城重太郎が、いつかかたきを討って城を取り戻すために武者修行の旅をしている。こういう話をぼくは子供のころさんざん読んだような記憶がある。
 そこへ、山賊がいて、これも城を奪ってやろうとねらっている。ところへ謎の忍者影丸が現れ、力を合わせて城を奪取しようではないかと提案する。決起し、たたかい、城側と山賊側との犠牲と疲労が極に達したとき、にわかに百姓一揆が起って、両者ともに追い払い、城を焼き落としてしまう。
 逃げ出したかたきの元家老を追いかけて果たせず戻ってきた結城重太郎は、かつての城が石垣もろとも崩されて跡形もなくなり、そこを百姓が鍬をふるって耕しているのを見るしかなかった。
 重太郎も山賊も影丸に利用されただけで、影丸の目的は百姓の世の中を創ることにあった。こうして物語は一気にその地平を拡げる。影丸の戦う相手は、信長、光秀、秀吉といった戦国大名たちである。
 この支配者たちのあいだのヘゲモニー争いを、白土三平は二次的なことにすぎないと読者が思わざるを得ないように描く。たたかいの中心は彼らと百姓たちの間にある。もちろんこの早すぎる戦いは敗北を運命づけられているが、かれらが決して唯々諾々と権力に従ってきたのではないこと、そして彼らのたたかいが必然的に支配の構造を新しく規定し直し、人々の生活と意識を変化させ、次の時代を準備していったことに白土は意義を見る。
 世の歴史小説家たちが、大名たちのことにばかりこだわっているとき、白土は彼らの物語など書く価値がないと切り捨てたのである。
 まして結城重太郎の個人的かたき討ちの物語は、(こののちも延々と続くのであるが)そのスケールの小ささを強調するためだけに書かれ続ける。
 剣は心の非を切る、などといった飾りたてた物語は一笑に付され、刀は人殺しの道具であり、武士とは殺し屋にすぎない、すぐれた武士とは人殺しのうまいもののことである、ということになる。
 そして彼らもまた支配者たちに利用され、捨てられていく存在にすぎない。

 ぼくも歴史小説を多少は読んできたが、この漫画はすべての歴史小説に対するアンチテーゼであり続けている。歴史的事実の真偽も大事だが、その前に、歴史を見る眼のありかを、それがどこにあるかを、作家がどこに立ってものを見ているかを彼の作品は問い続けている。

 物語のラスト、影丸も処刑され、秀吉の天下統一がなり、刀狩が行われている。それをはるかにのぞんで、百姓孤児の少年少女が荒れ地で鍬をふるいながら、高らかに宣言する。
「ものを作り出すのはおれたちだ」
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