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Frozen

「アナと雪の女王」の原題は「Frozen」、日本語にすれば「氷結」であろうか。だが「氷結」はもともとの日本語ではない。中国からの輸入語である。もとの日本語で言うとしたら、「凍りにけり」とでもなるのだろうか。現代風に言うなら、「凍っちゃった」であろうか。
 ま、そういう題でもべつにかまわないわけだけど、何を言いたいのかというと、日本語は動詞や形容詞副詞を名詞にしにくい言語だということだ。日本語といっても元の日本語はという意味である。で、それを中国からの輸入語で補っている。その結果、動詞、形容詞、副詞と名詞との間に音声上の乖離が生じる。
 こおる(kooru)と、ひょうけつ(hyouketu)の間には音声上の関連性は皆無である。もともと別の言語なのだから当然だ。
 もちろんどの民族の言葉も歴史的変遷を経てきた。英語には大量のフランス語が入り込んでいる。しかし、ひとつの民族の中で二つの言語系統が、かくもくっきりと併存している例は珍しいのではなかろうか。
 なぜこうなったか。以下の事情だろうと推測する。
 名詞――モノを名付ける行為――は、具体的な、眼に見える個物から始まる。これに対して、動詞、形容詞、副詞に由来するところの、物の状態などを現す名詞は、物事を抽象的に考える文化が生まれねば生まれてこない。日本人は文化のそういう段階に達する以前に中国語と出会ってしまった。中国語はすでに文字を持っていたので、文字を持たなかった日本人は早速この便利な道具を輸入した。それとともに中国語も輸入し、従来の日本語では表現できなかった抽象的状態を中国語で表現することで、抽象的思考方法をも獲得したのである。
 日本人は個々のものをうつくしい、とか、きれいだ、とか思っても、それを美として表現することが出来なかった。動詞、形容詞、副詞の名詞化は、単に名詞化を越えて、ひとつの新たな命名行為であると言えよう。それはイデアの誕生だ。
 しかし、そこにはまた逆に落とし穴もある。美を知らない人間が美しさを知らないわけではない。美という名詞で表現することで論理だった思考を生みだすことはできるが、逆にその命名行為そのものが、複雑な感じ方を単純化するもとともなり得る。
 その上に我々日本人が背負わねばならなかった十字架とは、ふたつの全く異なる言語形態のただなかで生きるということである。ここには論じるべき課題がかなりありそうに思われる。
 ちなみに、中国語の輸入にはもうひとつの理由がある。以前もどこかで書いたが、日本語は多音節語である。即ち発音するにはまだるっこしい言語だ。学び舎は4音節だ。学校は2音節である。schoolにいたっては1音節だ。発声しやすい。だから日本には中国語も入ってくれば、英語も入って来る。ただ中国語も英語もそのままでは日本人の舌と耳には負担が大きい。そこでそれらの言語を日本流の発音に変えて受け入れる。
 日本語というテーマはどこまでも興味深い。
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