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文字が言葉を貧しくする

 川田順造という80才の人類学者がいる。レヴィ=ストロースの弟子である。ということはもちろんフィールドワークの上に学問を築き上げてきた人だ。
 アフリカの文字を持たない部落で、農閑期の夜、熾き火を囲んで、子供たちがお話をして聞かせる。その声の美しさに驚嘆する。文字に縛られない「アナーキーな声の美しさ」なのだという。
 また、生まれ育った深川の職人たちの語りに耳を澄ませる。その語りの響きにうっとりし、そして嘆く。「平安朝由来の、のんびりしたかな文字で、せっかちな下町言葉を書き表すのは難しい」
 文字が言葉を貧しくしたのではないかというぼくが長年抱いてきた疑問を裏付けてくれている。
 言葉を視覚化し、伝達や、記録の用を満たすために文字が生まれた。だが複雑な音声からなる言葉をそのまま文字にすることはとうていできない。文字にした段階で音声を絶望的なまでに単純化することになる。そして今度はその単純化された音声が人々を教育して、人々の音声を単純化してしまう。
 こうして文字の使用によって言葉は貧しくなっていく。その貧しくなった言葉で構成された思想もまた貧しい思想かもしれない。
 結論部分はちょっと飛躍したかもしれないが、今朝の朝日新聞の記事である。我々無学な人間が考えるようなことは、とっくの昔にちゃんとした学者が、ちゃんとした研究にもとづいて考えていると改めて思い知る。と同時にぼくが頭で考えてきたことどもも決して突飛な間違いばかりでもないだろうとも思わせてくれる。ぼくはぼくなりにきわめて限られた範囲内ではあるがフィールドワークして考えてきたのだから。
 記事の中で最も強くぼくの興味をひきつけた部分のみを引用したが、記事の全体は、学者たちが頭で作り上げた論理を信用せずにさまざまな現地を歩いて、そもそも人間とはどのような生き物であるのかということを見つけていこうとしたひとりの学者へのインタビューである。
 その結論だけを見るならいかにも平凡で、人類の共同体志向を指摘しているにすぎない。だが、その客観性とそれが崩壊してきた必然性、そこから生じたさまざまな問題、そして人類はどこへ向かうのか、そういった問題を、頭の中でではなく現地で考えていくことの重要性が示唆されている。
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