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青木陽子「口三味線」(民主文学15年1月号)

 今月号は粒がそろった。この人も器用な人だ。現代の若者も書くし、今回は自分の親の世代を書いている。ほんとうの親なのか、まったくのフィクションなのかは分からない。
 南京陥落でこれで戦争が終わると喜んだのもつかの間、戦争は泥沼に入り、遊び人ふうだったが律儀に働き始めた滋二にも、やがて赤紙が来る。滋二は好きな尺八を吹いて出征していく。妻の多美は子供たちを連れて実家に帰る。まもなく敗戦によってやっと戦争が終わった。水呑百姓から元軍人だった父親が、泣いて天皇に謝っているそばで、女たちは、<「多美ちゃん、そろそろ来て。勝っても負けてもお腹はすくんだから」鈴(多美の姉)が呼びに来た。「ね、切腹なんかしないよね」鈴の耳元に口を寄せて囁く。鈴は首をすくめてから、そっとかぶりを振った。「大丈夫でしょ。ひと泣きしてお腹がすいたら憑き物が落ちるよ」小さく舌を出す鈴>といった調子だ。
 ここにはもちろん作者の思想が反映しているのだが、現実にもそういう一面はあったに違いない。この場面、夫の滋二は出征中で不在なのだが、多美は遊びの好きだった夫の口三味線を空耳に聞く。父親と夫が対照されている。それにもまして、どんな世の中の変化にも動じない女たちの強さが際立つ。人類が生き抜いてこれたのはこのためなのだ。
 夫滋二の一家はとある小さな町で祭りや芸人の世話役のようなことをしていた。これをタカマチ(高市)というのだという。これは取材に基づいて書いているのだろうが、どの地方の話か全く不明なのが残念である。こういう民俗学的な話はある程度地方名を出すべきだろう。
 それにしても、最後、泣いてヒロヒトに詫びる元軍人の父親を見て、これは逆ではないか、いったいヒロヒトは生きていたあいだに、国民に対して一言でも謝ったのだろうかと、腹立たしい思いがした。
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