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桃太郎

 桃太郎の話をマイナスイメージで読むこともできる、というのは昔から耳にしていたし、ぼくも確かにそうだと思っていた。だが、20年ほど前、池澤夏樹が「狩猟民の心」と題してこのテーマで書いたとき、彼は自分のオリジナルだと思ったらしい。ところが実はずっと昔に、福沢諭吉が「ひゞのおしへ」の中で同じことを書いていることに気づいたという。
 しかし、池澤氏の桃太郎分析は念が入っている。
 曰く。
1、 鬼は最初から鬼と規定されている。
2、 一緒に行くのは黍団子で雇われた傭兵である。
3、 この傭兵たちは人間より劣るものとして設定されている。
 ぼくらがなんとなく(そうまじめに考えたこともなかったので)持つイメージは、せいぜい1までで、2や3を考えたことはなかった。こうして読まされてみると、やったねという感じである。
 で、話はここからで、今朝の朝日によると、義家弘介とかいう人がこれにいちゃもんをつけたらしい。
 というのが筑摩書房の高校教科書がこの文章を国語で使った。けしからんというわけだ。
 それには池澤氏がこの解釈の前置きとして、これは「日本人の心性を最もよく表している物語」であると書いたことが響いているようだ。氏もその点は反省して、「人間の心性」と書くべきであったと言っている。
 そこらへん若干池澤氏の勇み足は感じないでもないが、文章の趣旨は、「桃太郎はこういう解釈もできるのだ」ということなのだと思う。もちろん、お伽噺であるから、解釈がひとつでなければならないということはない。筑摩書房が載せたのは高校教科書であって、小学校教科書ではない。生徒に多様な考え方の訓練をする場所である。担当の国語教師が、この解釈しかないのだという教え方をするなら問題だが、それは教師の問題であって、著者の問題でもなければ、教科書会社の問題でもない。池澤氏の解釈が不当な解釈であれば問題としてよいが、正当な解釈のひとつである。ぼくは義家氏の意見は池澤氏が引用した範囲でしか読んでいないが、その範囲で言えば、無理な意見だと思わざるをえない。
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