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1970年

 30年前「まがね」に書いた小説のいくつかをこのブログの開設時に公開した。あまり読んではもらえなかったが、「幽霊」と「祈り」だけは何人か読んでくれたようだ。
 手書き時代の原稿だったので、タイプせねばならず、いくつかは残った。そのひとつのタイピングにとりかかっている。ぜひ読んでもらいたいわけでもないのに、なぜだろうと思うが、手慰みとでも言おうか、360枚脱稿後のなんとなく空虚な心を埋めたいという欲望なのだ。
「鉄の博物誌」86年の作品である。30枚ほどあるので、少しかかる。
 内容はというと、結局70年前後の青春なのだ。すでに村上春樹の「ノルウェーの森」という傑作がある。だがもちろん、あれがすべてではない。
 先日、「まがね」の合評でその時代が話題になった。それをただ懐かしさで書かれたのではたまらないという強い主張があった。ぼくも同感だが、団塊の世代にとってそれが特別な時代だったのだということは否定できない。でもおそらく二種類の回顧があるのではないか。
 あの学生運動の昂揚期の中で、そのどの辺の位置にいたにせよ、ともかく時代の空気を吸い、そののちの高度成長期を、会社側だろうと組合側だろうと、ともかく正道を歩き続けて、めでたく停年退職し、そこそこ十分な年金を獲得して老後を楽しんでいる人たち、かれらにはまさに懐かしい時代なのだ。
 とりわけおそらく左派の人々にとっては、あの若い日々に情熱を傾け、そののちも職場や地域でたたかいを継続する中で、さまざまなものを勝ち取ってきた、自分の多少恵まれた老後もその延長線のものなのだという実感があるのだろう。
 だが、現代とはどういう時代か、彼らはそれをわかっているのだろうか。労働組合は壊滅し、学生運動もあらゆる市民運動も死に絶え、左派政党が消滅し、右翼言論が日本中に蔓延し、憲法はまさに廃止されんとしている。格差は拡大し、老人たちは姥捨て山に、若者たちはブラック企業と派遣労働とで、貧困の中で疲れ果て、知性を失ってヘイトスピーチとネトウヨの世界に。
 と、まあ、こういった世界なのである。いったい、団塊は70年に何をやったのか、そののちの40年間に何をやったのか。少しも世の中は良くなってはいない、悪くなる一方ではないか、このことに団塊は責任がないのか。
 あの時代も、そののちの日々も、個人的に失敗して生きた人間は、それらの日々を否定的にとらえる。個人的に成功した人間は肯定的にとらえる。
 まあ、それはそれでよいのだが、文学として時代を描こうとするとき、現代への認識を欠いたままで過去を懐かしむわけにはいかないのである。
 で、ぼくがいまタイプしているのは、その70年から15年ほど後に書いた小説である。読み直さないままにタイプにかかっている。たぶんふんだんに甘さが出てくるだろうが、多少でも現代に通じるかどうか、ともかくやってみる。
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