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高橋恵子「歓送」論

 ひとつ脱稿した心の空隙を埋める作業として、33年前30代半ばで書きかけて中断した作品評を、試みに復刻してみる。中断というよりもほとんど前書き的部分だけで終わっている批評文で、こんなものよりも当の作品を公開した方がよほど良いと思われるだろうが、それはちょっと長い。ぼくの文の方は13枚しかないから、ちょっとした紹介記事と思ってほしい。この作者がいまどうしているか、ぼくは全然知らない。

 個人主義の復活
   ――高橋恵子「歓送」論

    1
 譬え話から始めよう。十年ほど前、ある秋のこと、山の中の小さな美しい町で三か月だけ暮したことがあるが、単車の荷台に防寒着を山ほど積んで届けると、釦付けの内職のおばさんは、柿をあげようといってくれた。好きじゃないから、といって断ると、「へえ―、あんた、一生の間にゃ、どえらい損じゃなあ」と、いかにも気さくな感じのそのおばさんは、つくづくと同情してくれた。きらいなものをきらいだからって別段なんの損でもない、と私は思ったが、おばさんの言葉は奇妙に印象に残った。ところが、最近になって、柿を食べると風邪をひかないとか、悪酔いしないとかきいて無理して食べているうち、不思議なもので、いつのまにか旨いと思うようになっていた。さあそうなると、十年前のおばさんの同情が深く納得できる気がした。幸福を快楽の質と量とで秤量するとすれば、質はさておき、量の面では、柿を旨いと思う人と思わない人とでは、たとえば、ひとつの秋に三十回柿を食べるとすれば、七十年間では二千百回の快楽を享受するかしないかの差が生じる。これは誠にどえらい損失だ。
 だが、味覚とは偏屈なものだ。それは徹底して主観的であり、そのおいしさをいかに口を極めて説諭しようとも、まずいと思う人には何の意味もなさない。結局のところ、個人的な好悪の問題であって、自分の趣味を人に押しつけるなといわれるくらいが関の山であろう。
 しかし、一方、味覚は意外と習慣に弱い。どんなにまずいと思っていたものでも、何度か食べるうちには、ひとりでに旨くなる。味覚から習慣をとりのぞいたら、ほとんど味覚らしい味覚は残らないのではないか。趣味というものは案外くだらないところで成立している。
 だが、現代において、成人の偏食を正すもっとも効果的な手段は、栄養に訴えることだろう。健康に良い悪いという理屈は趣味を超越する。そして、それももっともなことだ。いかにうまいものを食べても健康を害しては何にもならず、まずくても健康によいなら、ある場合には我慢せねばなるまい。味覚がいかに快楽だとしても、快楽は味覚につきるわけではなく、また生存を損なってはそもそも味覚は成立しない。本来味覚は当の物質が食物として益か害かを見わけるためにのみ備わったものであるだろう。だがそのような味覚なら犬でももっている。人間の味覚が文化と呼ばれるためには、必要のための味覚であることをやめて、愉しむための味覚に転じる過程が要求された筈である。かくて、人は単なる生存から、よりよい生活へと向かう。
 ところで、この譬え話を小説に適用するには、うまくあてはまるところと、全然すれちがうところとがある。
 小説の好悪も、ちょっと見たところ、趣味の違いに思える。感動しない、という人に、なぜ感動的であるかを説明することは、やさしくない。ニュークリティシズム派の批評家たちは、もっぱら技法上のうまさについて多弁である。彼らは、読者はおろか、ひょっとすると作者も気のつかなかったような、小さな工夫の数々を手品よろしく取り出してみせる。それは確かに説得的である。だがもし、次のように反論されたら、批評家はなんと答えるのだろう。うまい小説だということはわかった。そんなにうまいのに、少しも感動的でないのは何故なのか。とりもなおさず愚にもつかないことしか書いてないからだろう。愚にもつかないことを、いかにうまく書いたからとて、何の意味があるのか。
 こう反問されると、ニュークリティシズムではお手上げである。この種の批評家たちはうまさに感動するが、一般の読者はそんなものには少しも感動しないからだ。
 結局のところ、趣味の問題なのであろうか。そして趣味の大部分が習慣であるとすると、我々は柿を食べるときと同様、栄養の問題に移っていくしかないのであろうか。
 だが、この問題は、柿の問題ほど単純には解けないだろう。何故なら、ことは精神に関するからである。

    2
 ここで取上げるのは、高橋恵子の「歓送」である。無名の地方誌「ひろしま」6号(民主文学同盟広島支部発行81年12月)に発表された、無名作家の45枚ほどの無名短篇である。
 およそ、評論というものは当の小説を読んでいない人には意味をなさないだろう。この評論はかなり小説そのものから離れて論じられることになるだろうが、その場合でも、その当否は、それがその小説の評として適っているかどうかで判断されるべきなのだから、たかだか、五百名の読者しかもたない小説の評とは、あらかじめ最大限読者数を五百に限定したものとなるだろう。それはすでに覚悟の上である。
 高橋恵子は、「歓送」を書く四か月前、同じ「ひろしま」5号に、「日暮らし」という、まとまりの悪い短文をよせ、詩と散文について、結論の出ない感想を述べている。即ち、二十代には詩が好きであったが、ある日突然詩が「唯のモノ」に見え、「生き物のように息づ」くことをやめてしまった。そこで散文について考えはじめたが、「なまじ詩が好き」などという人間が散文を書くと、「主張、思想が唄に流れて」しまう。「詩的散文」など書いてはいけない。「散文は散文」でなければならない。詩と散文とは「対立する関係」なのだ。
 これが結論なのかというと、必ずしもそうではなく、最後の段落にいたって、「散文というものは」ということで、自戒とも皮肉ともつかぬ乱暴な散文規定を並べてしめくくっているあたり、詩に対する未練の濃厚なものである。
「歓送」はまさに詩として読まれるべき作品である。それは分析したり論じたりすべき作品ではなく、ただじっと味わうための作品である。従って、この作品について評論を書くなどということは、本来不必要で無意味なことである。
 だが、柿はまずいという人を前にしては、我々はもはや、柿の味について何をいっても無駄であり、それの栄養について語らねばならない。
 しかし、とりあえず、読者の方に読みまちがいがないかどうか、確認してかかる必要があろう。

    3
<誰もが一度は足を踏み入れる街がある。そこで幾つかの季節が過ぎ、或る日、その街を通り抜けて、別の新しい街に向って去っていく。
 誰にでも忘れることのできない街があるように、私にもそういう街での暮らしがあった。女友達の野坂洋子と私の共棲にも似て暮らした街は、そういう街だった。>

「歓送」はかく書き出す。それはのっけから詩的雰囲気に包まれて始まる。のみならず、文章は最初から象徴的である。「街」を具体的な街として受けとったら、この文章は成立しないだろう。というのは、人々はそれぞれ違う街で暮らすわけだから、「誰もが一度は足を踏み入れる街」などというものは実在しないからだ。「街」とは、ひとつの抽象的な存在なのだ。読者は最初から、そういう態度で読んでいくことを要求される。
 洋子と<私>とは十六で知り合った。<クラスに馴染めずにいた私と、周囲に全く無関心で級友とも殆ど会話を交さない洋子>つまり、二人は正反対の性格である。一方は、<クラスに馴染め>ないほど内気であり、他方は<周囲に全く無関心>なほど傲岸な性格なのだ。
 二人は、<映画に音楽会にスケートに喫茶店にと><飽くことなく行動を共にした><話を始めると、話しても話しても尽きなかった><私達は貪欲だった。奇妙な熱狂があった><それらの日々の中で、他人の中にも私と同じ熱い血の流れているという音を、初めて聞いたような気がする>
 普通、人々は、他人の実在をいつ確認するのであろうか。子供のときから素質にも環境にも恵まれた人々ならば、それを当り前のこととして育ってくるだろう。しかし、そこにひとつの落し穴があるかもしれない。その人々はこの問題を深刻な問題としてとらえることができにくい。人間存在の根本的命題について、さしたる考察もなしに通りすぎ、かなりあやふやな基礎の上に自信に満ちた世界観を構築しかねない。しかし、<私>は、その問題に対しては、ずっと慎重な態度をとることになるだろう。
 二人は、二年間別々の短大へ行った。が、卒業すると同じ大学の事務官として働くことになった。更に二年たって、<下町風の商店街のある街で、ほんの三分ばかりの近い距離を置いてアパートを借りて、私達は棲んだ>この街で暮らした三年間の、二人の生活の雰囲気が、この作品の主要な旋律となっている。
 その街は<雑然とした下町風の街で、小さな商店がひしめき合うようにして立ち並ぶ五百米ばかりの商店街を中心に、その周辺に数多くの安いアパート、小住宅が、商店街に通じる路地を挟むようにして建て込んでいた。その辺一帯は土地が低く、大雨が降ると路面に水が溢れた>商店街には<食生活に関する種類の店が圧倒的に多く><凡そ日々の庶民の生活に必要な店は悉く揃っていた><その街の住人は、学生、若い勤労者といった単身者が多く、単身者の為に造られたような便利の良い、綺麗ではないが不潔でもなく、騒々しいが風紀は良く安心して棲むことのできる街区だった><この街を見つけたのは私で、新しく棲む街を探していた私は、何やら騒々しく人と生活の音が響いてくるこの街に迷い込むようにして足を踏み入れたとき、こんな街で暮らしてみたい、と思った>
 かくて、二人はこの街で暮らし始める。ところで作者は一貫して<棲む>と書き<住む>とは書かない。この<棲む>を<隠棲>の意に解することはできないだろう。街とそこでの暮らしを語る筆づかいは活々と躍動していて、<隠棲>のにおいは感じられないからである。むしろ<住む>がいかにもそっけなく、ただまにあわせにそこに住所をおいているという感じなのに対して、いかにも動物のねぐらといった感じで、その場所でとぐろを巻き、生きているといった感じを出したかったのだろう。
 <私>は住む家を探すのでなく、<棲む街>を探すのだ。<私>は街を呼吸して生きている。気持のよい街を呼吸できることは<私>に必要なことなのだ。この街はつまり、無関心な他人の生活が身近にある街だ。これは、<私>がこの時点においてとっていた、世界に対する態度そのものを現わしている。
 引越して早々、洋子が問題を起す。<職場で朝、同僚と一寸した争い事をしたとき、同室の者達が誰一人として洋子の味方をしてくれなかったこと、いままでのことをいろいろ考えるとカッとなって、午后には早々に辞表を出して帰った> あいかわらず、傲岸で、人とはもめ事ばかり起し、誰からもあまり好かれず、カッとなると見境いなく辞表を出してしまう、自信満々の女性なのである。そのくせ、<冷静になって考えると><このまま辞めるのも馬鹿々々しい><出してしまった辞表、どうしよう><あー、カッコ悪いなあ><うん、取り戻して来よう。他にない>という結果となる。いささか考えるよりも行動の方が早いおっちょこちょいなのだ。そして一度決めてしまうと、<洋子は態度の転換が早い>
   以下中断

 いま30数年前の手書き原稿をタイプし終わってみると、作品の引用が長々と続いている。こうして引用しているうちに何を書きたくて始めたのか分からなくなってしまったのではなかろうか。
「作品を離れて論じる」と前書きし、「個人主義の復活」というタイトルを付けているということは、単に柿のおいしさについて書きたかったのではなさそうである。いまとなっては何もわからない。
 ただ、高橋恵子の文章のうまさを垣間見ることはできるのではないか。
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