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 これさえ押さえておけば人類のすべての問題が解明できるというような便利な公式など存在しない。それをあるかのように思い込むのが原理主義だろう。キリスト教原理主義や、イスラム教原理主義や、日本教原理主義や、マルクス主義原理主義がある。だがそんな便利な方程式などないのだ。(たしかマルクスがどこかでそんな発言をしていたような記憶があるが)。
 高橋源一郎がいみじくも言ったように「世界はもっと複雑」なのだ。どのテーマも十分な複雑さで我々の前に存在しており、我々はすべての問題をそれぞれ考え抜くしかない。あるいは切り離し、あるいは関連付けながら。
 そして覚悟しておく必要がある。最終的な解答などどこにもなく、それでも生きていかねばならない以上、自分自身の責任で日々何かを選んでいかねばならないということを。その意味ではサルトルもまた正しかった。
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386: by デボーリンの墓守 on 2014/10/26 at 17:44:04 (コメント編集)

だいぶ遅れてしまいましたが、再び意見を述べさせていただきます。

貴殿の主張に対する反論です。

まず、私は、「イラクがクウェートを侵略した」という松竹やあなたの認識自体を否定します。なぜならば、クウェートは歴史的にバスラ州の一部であり、イラクの領土なのに、イギリス帝国主義の陰謀によってカイライ国家として「独立」させられたものであるから、これをイラクが取り返すのは当然の正義の回復であると認識し、支持するからです。
当時の駐日イラク大使アルリファイ著『アラブの論理』(講談社1991年)をお読みになってくださらないでしょうか?

次に、仮に「イラクがクウェートを侵略した」という認識を受け入れたとしても、貴殿の

>だが、一応憲章の手続きを踏んだことは認めざるを得ないだろう。そして父ブッシュは、憲章を護ってイラクをクウェートから撤退させた段階で戦争をやめたのである。一応の良識はあったのだと言わざるを得ない。

という認識はとんでもないと言わざるを得ません。当時の多国籍軍の行動を見れば、その目的は、イラクをクウェートから撤退させることではなく、できるだけ多くのイラク人を殺りくすること、イラク人の生活にかかわるインフラをできるだけ多く破壊することに向けられていたことがわかります。
また、湾岸戦争の最終盤には、クウェートから撤退するイラク人を意図的な大量爆撃により大量虐殺しています。
元米国司法長官ラムゼー・クラーク著『ラムゼー・クラークの湾岸戦争―いま戦争はこうして作られる』(地湧社)をご覧になってください。

次に松竹の主張について述べます。

>極端な左翼と、極端な右翼は相手にしても意味がないと彼は言っている。彼が対象として選ぶのは普通の人々である。彼の言葉を借りれば、「リアリズム社会主義者からリベラル保守主義者まで」。潜在的にはこういう人が八割だろう。

といいますが、まさに松竹の言うことの正反対が真実なのです。「普通の人々」が「極端な」人々に耳を傾けないのは、確かに通常の時期においてはそうでしょう。しかし歴史を形づくる革命的激動の時期には、「普通の人々」が「極端な」人々によって獲得されていくのです。ロシア革命においても、ボリシェヴィキはごく少数の「極端な左翼」だったのが、二月革命からわずかな期間で革命を勝利に導いたではありませんか。いかに「普通の人々」から白眼視されようとも、「過激派」などと中傷されようとも、原則を堅持して来るべき時に備えることが大事なのです。選挙で「普通の人々」に支持してもらって当選しようとか考えないことが何より大事なのです。

また、ソ連の1979年のアフガニスタン介入は、「同盟国が離反しそうになったので、その政権をつぶすために出兵した」という松竹の主張はデタラメと言わなければなりません。ソ連は、アフガニスタン革命政権の繰り返し行われた援助要請にこたえて介入したのであり、そこには何ら不当性はありません。また、松竹はアフガニスタン革命政権がパキスタン・サウジアラビア・米国・中国の援助を受けた反革命ゲリラによって攻撃されていた事実を知らないのでしょうか?ソ連の1979年のアフガニスタン介入は完全に正当かつ必要なものだったのです。

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