FC2ブログ

プロフィール

まがねとおる

Author:まがねとおる
無名人
新潟の同姓同名はまったくの他人
以上

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

FC2カウンター

カテゴリ

リンク

RSS

従軍慰安婦

 朝日新聞が本件に関する自己検証記事を発表すると、週刊誌とネットが一斉に、この件が最終的に終了したかのような論評で沸き返った。
 吉田清治の済州島にまつわる虚偽証言を信じこんだ朝日の誤報問題についての自己検証には不徹底さがある。これについて朝日が責められることには異議はない。
 だが、それだけでこの問題自体をなかったことにしてしまうわけにはいかない。

 この問題をぼくは熟知しているわけではないが、ぼくの見解は橋下徹発言に関して書いた最初の言葉に要約され、いまも変わっていない。→13年5月20日(橋下徹「慰安婦発言」について)
「慰安婦は必要だった」と橋下は述べた。強姦を防ぐために必要だったのだと。(そこで橋下は沖縄での米兵による強姦を防ぐために売春婦を利用しなさいと米軍司令官に進言して顰蹙を買った。本音で語りたがる日本人と、本音を隠して偽善を纏いたがるキリスト教文化圏の人間とのやりとりに思えて興味深いがそれは余談として)。実際には日本軍の赴くところ到るところに慰安所は設けられたが強姦は減らなかった、という説もあるが、ぼくが問題にしたのはそのことではない。
「慰安婦は必要だった」
 いったい、この文章の主語は何なのか。誰にとって必要だったのか。誰が必要としたのか。言うまでもなく、慰安婦を必要としたのは軍だ。軍が慰安婦を必要としたのだ。軍が主語なのだ。にもかかわらず、橋下発言はそれを意図的にか、無意識にか隠蔽している。その結果まるで誰にとっても必要なのだと読める文脈になっている。だが、そうではないだろう。軍以外の誰にとっても慰安婦は必要ではなかった。
 すべて5月20日に書いたことの繰返しになるが、軍が他国に存在すること自体がすでに犯罪なのだ。まして戦争していれば、あらゆる犯罪が起こる。
 数百年にわたってヨーロッパ諸国が世界中で犯し、ソ連時代のロシアが東欧とアフガンで犯し、アメリカがベトナムで犯し、北朝鮮問題で米軍に頼らざるを得なかった韓国がベトナムに参戦してそこで犯し(この問題では日本も基地を提供することで事実上参戦していた。頬被りして韓国だけを悪者にすることはできない)、鄧小平の中国がベトナムで犯し、ベトナムもまたカンボジア駐留時に(実態はわからないが)、ポルポトからカンボジア人を解放したにもかかわらず、決して感謝されてはいない。
 他国に軍を入れること自体が悪なのである。そこでの行為を正当化することは誰にもできない。
 にもかかわらず、なぜ日本だけが責められ、日本だけが謝らねばならないか、という素朴な感情は理解できる。だが、それは謝らなくてもいいということにはならない。子供の言い訳のようなことを言う前に、率先して謝ることで、道徳的権威を獲得しようとなぜ考えないのか。言い訳するたびに日本人の品位を貶めているということになぜ気付かないのか。ドイツは70年間あらゆる公的場で国のトップが謝り続けることで、信頼され尊敬される国になっている。たまたま敗戦国だったということはむしろチャンスを与えられたのである。ほかの国々もいずれは謝らねばならないときが来るのだから。

 週刊誌やネットがどれほど世論を反映しているか、いま隔絶された環境で暮らしているぼくにはよく分からない。多数者の良識を信じたい。だが目に見える世論が東アジアの国民感情を傷つけている。日中韓の和解をいよいよ困難にしている。ここからは誰一人なにものも得ることはできない。ただ週刊誌が金を儲け、独りよがりなネット投稿者が自己満足を得ることのほかは――

 古本屋通信さんに以下のことだけは申し上げたい。
 最初のうちぼくらの齟齬は、単に言葉の問題のように思えた。いまでは根本的な認識の違いに思える。
 最初のうち理解できるように思ったのは、慰安婦と売春婦との問題である。戦前の売春婦は必ずしも自由意思によるものではなかった。日本の支配構造のもとでの貧困から、借金を余儀なくされた農民家庭から借金のかたに身売りされ、借金のかせで逃げることもできずに売春させられた少女たち、あるいは騙されたり、暴力的に拉致されて売春宿に売られ閉じ込められた少女たちもいただろう。従軍慰安婦と彼女たちとを区別することはできないというのが古本屋氏の主張だった。あくまで彼女たちの立場に立った上での主張に思えたし、侵略戦争についてもはっきり批判していた。
 途中からわけが分からなくなった。いったい何が言いたいのだろうと首をひねった。
 資料と称してネット右翼の書き込みを列挙し出してからはますますわからなくなった。ネットで公開されているものは古本屋氏がコピーしなくてもいやでも目に入ってくる。資料価値などない。どうしても紹介したいものでなければ、参考文書として文書名だけ記しておけば済むことだ。
 橋下徹や籾井勝人の発言にいたっては、その文脈のなかで読めば決して擁護できるものではないだろう。言葉は切り離されて存在するのではない。

 さらに驚いたのは、韓国を国家として認めないという古本屋氏の発言である。
 国家は認めるか認めないかの問題ではない。国民と国土とを実効支配する権力があれば、それは国家だ。台湾だって本当は国家なのだ。ただそれを言うと中国がややこしい態度に出るので、台湾も自重し、国際社会も配慮している。だから国際政治的には国家として認められていないが、現実には国家である。
 驚くのは、古本屋氏が、半世紀前の感覚で韓国を見ているように見えることだ。
 氏とぼくとはほぼ同年配だと思うが、日韓条約の結ばれたのは、ぼくが大学に入った年だった。入学と同時にぼくはベトナム反戦のデモについて歩いていたが、政治にそれほど関心があったわけではなく、知識もなかった。ただその当時の雰囲気を記憶しているだけである。アメリカに支えられた軍事独裁政権とだけ条約を結び、北朝鮮を無視することについての批判があった。
 ぼくの眼には古本屋氏がその当時の感覚のままでいまの韓国を見ているように見える。
 だが、韓国はいまや軍事政権を終わらせ民主政治を確立している。それは不十分な民主主義だが、程度の違いに過ぎない。十分な民主主義というものはどこにもない。ブルジョワデモクラシーと呼ぶならばまさにそうだが、ぼくの個人的見解では、それはいまのところ最良の制度である。古本屋氏はブルジョワ民主主義を認めない立場だが、それゆえに韓国を否定するというなら、日本を含め世界中の政権・国家を否定せねばならないだろう。否定さるべき国家の人間が同じ立場の国家を下に見るというのも何だかおかしな話である。
 その上で北朝鮮が朝鮮半島の正当な政権だという。これには開いた口がふさがらない。北の独裁政権をどうやって擁護することができるのか、まったく理解できない。
 韓国へのこのような認識が慰安婦問題への態度にも影響しているような古本屋氏の文章に出合ったので、ますます困惑している。
 これがぼくの現状である。
関連記事
トラックバック
トラックバック送信先 :
コメント
▼このエントリーにコメントを残す