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水野良正「島川診療所譚」すおう文芸38号

 37号「山吹の花は咲けども」の続編である。
 前回は、長州の医者の家に生まれながら、かどわかされて江戸に連れてこられ男色茶屋に売られた菊之丞が脱出して京都へ来て医者に弟子入りし、栗山菊月と名乗って独立する。その過程に桂小五郎、新選組などが絡んでくる。荒い筋立てで、書きようも荒いのだが、なかなか読ませる作品であった。
 今回はすでに明治の世になっている。栗山菊月は故郷の近くまで帰ってきて、泊まった宿で醤油屋の主人の眼を治療した縁で、醤油屋の開いた診療所の医者としてとどまる。そこに逃げ込んできた遊女を、この女は梅毒だと嘘をついて安い金で身請けし、妻にする。
 というところで終わっている。たぶんこの続きがあるのだろう。
 前回よりはましになっているが、相変わらず荒い筋立てで、荒い書きぶりである。にもかかわらず面白い。
 この人は、幕末から明治初期にかけての、下積みの人たちを書くのを得意とする現役の労働者作家である。
 当時についての全般的知識、また特に下積みの人々の暮らしぶりについての知識が広範で微細におよんでおり、細部の描写にリアリティがあって読ませる。
 ただ、前回はあらすじを読まされているようなところがあった。今回もその気味はあるのだが、場面ごとの描写にかなり力を入れていて、前回よりはずっと良くなった。たとえば遊女の追手を待たせるあいだに芋粥を作ってやり、さらに時間待ちに薬研を使いはじめる場面など、なかなか心憎い。
 場面場面の描写がもっと丁寧になればと思うのだが、この荒削りのところが持ち味とも思えるので、どうとも言いかねる。
 ただ、ストーリーに首をひねるところもある。たとえば遊女屋を騙して法外に安い値で身請けしたが、小さな旅籠町で、妻にしてしまってばれないのだろうかと心配になる。「証文をいただければこちらのもの。完治したとしても戻しませんよ」と念を押してはいるが、相手はならず者なので心配になる。
 だから続編がなければならないと思うのだ。
 文章の荒さについて、それも持ち味という気もするので、いちいちあげる気はないが、初めのほうを少しだけ。
 2ページ下段、終わりのほう。セリフのなかに、「お~い」とあり、そのト書きで、「つぶやいた」とある。「お~い」は離れたところにいる女中を呼んでいるのだろうから、大声を出している。それがなぜ「つぶやいた」なのだろう。
 同じ個所。「今にも閑古鳥が鳴きそうなほど」。この表現は「いまはまだましだが、もうちょっとしたら閑古鳥が鳴き始める」というニュアンスに聴こえる。ここはすでに「閑古鳥が鳴いている」だろう。
 次のページ上段。「ごゆくり」。普通は「ごゆっくり」だが、こういう言い方もあるだろう。その場合、誤字誤植ではないことを示すために、傍点を打ったらどうだろう。
 その少し先。「しばらくすると廊下から声がした」「その声で目が覚めた」「横になるとそのまま眠っていたらしい」
 眠っていた「らしい」のだからこれは主観的表現だろう。ならば、「しばらくすると」かどうかわからないはずなのだが、ここは客観的表現になっている。「しばらくすると」の一行をそっくり削ったほうがよい。いつのまにか眠って、声を聞いていきなり目覚め、眠っていたことに気付いたのだ。そういう主観の流れとして書かれている中に、一行だけ客観的表現が飛び込むのはそぐわない。

 作品を愉しませてもらっておいてケチをつけるようだが、よい作品だからこそ、こういう小さな傷を勿体なく思うのである。
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