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小川洋子「博士の愛した数式」

 ご当地作家のあさのあつこと小川洋子はぼくの娘たちの愛読書だが、ぼく自身はずっと気になりながら読んだことがなかった。「まがね」で取り上げることになって機会を得た。
 文体に凝ったところはなく、素っ気ないほどに明解で読みやすい文章である。だが美しく、またせつない。
 設定がもともとせつない。80分しか記憶できない数学博士の話。シングルマザーの家政婦とその小学生の息子が関わることになるが、毎日顔を合わせても、そのつど初対面からのやり直しである。記憶できない博士もつらいし、記憶してもらえない母子もつらい。
 このつらさをもし綿々と書かれたら、読者はたぶんしらけただろう。だが作者はそれにはさっと触れるだけだ。書いてなくても読者は想像できる。毎日他人と顔を合わせる博士の絶望、絶対に記憶してもらえない人と日々を過ごす母子の絶望。この絶望の深さが読者の胸に沁みるのは、作者がそれをくどく書かないことによって、読者が勝手に想像するからだ。
 作者が書くのは、そのような状況のなかにあっても美しく流れていく時間である。一瞬一瞬が博士にとっては決して思い出とはならない、そのとき限りの、母子にとっては決して記憶してもらえない一瞬である。その生活のひとこまひとこまをいとおしく描きあげていく。
 常に消えていく宿命を背負った時間というものへの哀惜を覚えずにはいられない。
 そこへ数式という抽象体が、奇妙に釣り合っていく。これを組み合わせた作者の着想は嵌まっている。
 だからこれは、あれこれ評するような小説ではない。ただじっと味わう小説である。
 このような特殊な状況を矛盾なく自然に見えるように描くということは、見かけほどたやすいことではない。相当な技巧を要することだ。しかもその苦労のあとを感じさせない。
 だから読者はただあじわうだけでよい。

 したがって感想はこれで終わり。あとは余談である。
 古本屋さんは「まがね」のブログも見ているらしく、今回この作家と作品に少し触れている。早稲田文学部の小川洋子は数学がわかるのだろうかと心配している。でも彼女の夫は川鉄エンジニアだからたぶんそこからも情報は得ているだろうし、巻末には参考文献を列挙している。解説をまだ読んでいないが、一瞥したところでは、数学者を取材しているようである。プロの作家は手を抜かない。またそれができるのがプロの強みでもあるのだろう。素人はなかなかそうもいかない。

 もうひとつ、余談。
 1から順番に足していってその和を求める公式。家政婦が最初にやった、10をいったん横に置いて1から9の平均5を求め、それを9倍して、最後に10を足す方法はぼくには初めてで、なるほどと思ったが、後に博士が示した、n(n+1)/2はぼくは小学生のときに自分で編み出した。三角形の面積を習ったときに、こうやれば無限の数を足すことが可能だと気づいた。誰に教えてもあまり感心してくれなかったが、ぼくのひそかな誇りだった。今回、まっさきにそれが出てきたので、読んでいて非常に懐かしく、愛着が持てた。

 もうひとつ。
 つい先日、ぼくは数とは仮の符号にすぎず実在ではないと書いた。そのときそう書きながら不安だった。二個のリンゴというものはない、あるのはこのリンゴとあのリンゴだとぼくは書いた。そのこと自体は間違ってはいないと思う。
 ただ数学が存在を支配しているのは、究極的な存在の姿だろう。そこには数学的な合理性がある。すべては数学的に証明されるはずである。しかもまだ証明できていない。数学には無限の謎があり、それは存在の謎そのものである。
 そのことが頭をかすめたので、ぼくは自分の断定に不安があった。そしてその答えはぼくのなかではまだ明瞭ではない。

 もうひとつ、忘れるところだった。阪神タイガースの話。小川洋子自身熱狂的な阪神ファンだとどこかで読んだ。1992年を舞台にしているので、その年のタイガースをこれでもかというほど詳しく書いている。これも丁寧に記録を点検したのだろう。ぼく自身はまったく野球に興味がないので、そこは少し退屈だったが、手を抜かない作家根性には感心した。ちなみに岡山県には阪神ファンが多い。いま福山に住んでいると、カープ一色だ。まるでカープ以外の球団は存在しないかのようだ。ファンの心理はぼくにはよく分からないが、面白いものだ。

 あと、もうひとつ。
 いま書いている小説とのからみで金光教を当たっていたら、小川洋子に突き当たった。彼女は岡山市内の金光教の教会の敷地内で育ち、早稲田でも金光教の寮にいたのだそうだ。
 ぼくの一番の親友も岡山の金光教の教会主だった。教会を捨てて京都、大阪方面にしばらくいて、後に甲府に行き、甲府からも時々来てくれていたが、あるときから音信不通になって、たぶんもう亡くなっている。彼を登場人物の一人として借りて書いている。端役ではあるが、彼に対して不義理を重ねてきた罪滅ぼしという気持ちもある。

 時間は一瞬ごとに失われていく。
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コメント
298:藤原正彦 by 石崎徹 on 2014/07/26 at 09:25:43 (コメント編集)

 彼の書いたものを読んだことがないが、確かにろくでもないことを言っている人物というイメージがあるね。

297: by 笹本敦史 on 2014/07/26 at 08:04:06

解説を読めばわかりますが、数学に関する助言をしたのは「国家の品格」の藤原正彦です。数学の世界で論理的思考をする人間が社会問題についてはそうとは限らないということでしょうか。

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