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右遠俊郎「給水塔のなかで」93枚 33歳

 カフカか安倍公房を思わせる作品。
 結核病棟を、あまり信頼できない完治の診断で退所することになった数名が、給水塔のなかに隠れて送別会をやる。酔っ払った「ぼく」は、焼酎を入れていた鉄の花瓶を被り、コンクリート壁に頭突きした挙句、すっぽり肩まではまり込み、抜けなくなってしまう。さてどうやって抜くかでそこにいた人々が右往左往する。
 単純にドタバタ喜劇として読んでも十分堪能できる作品である。主人公の「ぼく」は苦しいし、恐ろしいし、とてもじゃない。まわりの人々も、なんとか助け出さねばならないし、療養所当局に知られるわけにいかないし、あせっている。
 状況は悲劇的である。文章は決して面白おかしく書いていない。にもかかわらず、読者にとっては一幕物の喜劇なのだ。
 そして、まさにそのことが、これをカフカばりの不条理文学に仕立て上げる。何とも言えない深い読後感を残す作品である。
 それはストーリーから来るのではない。ストーリーは喜劇なのだ。この作品の独特の文体が、これを不条理文学にする。
 解釈するのはぼくの能力に余る。読んで感じていただくしかない。書ける範囲で書く。
 まず文章の緊密度の高さである。まったくスキのない、きわめて芸術的完成度の高い文章である。陥っている状況の深刻さ、頭をまるまる鉄の花瓶に閉じ込められた「ぼく」の苦しさ、恐怖感、周囲の人々の焦り、それが臨場感と迫力で読者に迫ってくる。
 ところどころに療養所の体制への皮肉が散りばめられ、中途半端な形で世間に放り出される行く末への不安が語られる。またまだ若い彼らの女性へのあこがれや欲望が滲みだしてくる。
 そして何よりも特徴的なのは、その叙述の冷静さである。「ぼく」という主観で書いていながら、文章は客観性を保っている。まるで他人事のように書いていると言ってよいだろう。
 どこかにゆとりが感じられ、それがユーモアを生みだすとともに、不条理感を与えるものとなっている。
 冒頭の数ページは何が書いてあるのかさっぱり分からない。わからないが文章の緊迫感によって、「これは何だろう」という興味を持って読まされてしまう。やがて意外な事態が種明かしされて、その異常さに引き込まれていく。
 そして「ぼく」や周囲の人々の苦しさ、恐怖、焦りをわがことのように感じつつ、一方でつい他人事の滑稽と感じて笑ってしまう。
 そして末尾「そのとき、ぼくのなかで何かがすとんと落ちた。それは何でもないことのようだった。が、その小さな脱落をきっかけとして、ぼくの内部で山崩れのような崩落が始まったのだ」と書かれる文章の具体的内容をこれと示すことはできないのだが、それは読者によっていかようにも取れるところの、ひとつの感慨を与えるものとなっている。
 短い作品だが、傑作である。このような作品がなぜ世に埋もれているのかわからない。
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