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フィリピンと日本

 きょうは朝日新聞から馬鹿げた記事を引く。
 柴田直治という記者がたぶんほんの思い付きで以下のようなことを書いている。
 日本とフィリピンは敗者と勝者という違いはあるが、第二次大戦後どちらも焦土から出発した。にもかかわらず、日本の経済は発展し、フィリピンは貧しいままである。その理由のひとつはフィリピン人が英語が得意で、出稼ぎに頼ってきたからだ、というのである。
 記者の言いたいことは英語力が国の発展を保証するとは言えないのではないか、というところにあるらしいのだが、その主張の当否はさておき、例拠に上げたものは冗談話としても、あまりに無知すぎる。
 記者が若すぎる(写真を見たらそんなに若いとも見えないが、ぼくよりはかなり若いだろう)せいばかりとは言えず、一般に人々は歴史に無関心で、ただ現在だけを見てあらゆる国を横並びに比較する傾向があるようだ。
 数百年間スペインの植民地として、また米西戦争ののちはアメリカの植民地になり、その後日本に支配され、戦後形だけは独立を果たしたものの、アメリカ資本によってバナナ農場化されて、かくて何世紀にもわたりすべての労働力を海外に搾取され続けて、自分たちの国のためには使えなかった国と、ずっと独立を守り通し、明治以後急速に資本主義化を推し進めることのできた国とを、いったいどういう頭の構造で出発点の同じ二ヵ国として論じることができるのか。
 第二次大戦後、日本はゼロから始めたという神話があるようだ。だが、幕末から始めたわけでもなければ、戦国時代から始めたわけでもなく、まして聖徳太子の時代から始めたわけでもない。1940年代まで営々と築きあげてきた歴史的獲得物の上に出発したのである。
 たとい都市は焦土と化したとしても、生産性を上げるために改良されてきた農地、灌漑設備、農民たちのなかに蓄積された農業技術、そして全国に張り巡らされた鉄道網、道路、郵便、行政、商工業、その他社会生活上のあらゆる組織および組織思想、そして何よりも国民に施された高度の教育、その知的、技術的、文化的、社会的水準、こういうものは戦争による被害を一部蒙ったとはいえ、無になってしまったわけではない。日本は決して原始時代に逆戻りしたわけではない。
 1945年の時点において、日本とフィリピンとはその出発点が桁外れに異なっていた。それゆえその後の歴史も大きく異ならざるを得なかった。そういう事情の下で英語力による出稼ぎが唯一食べていく道だったのだ。
 比べるならば、たとえば日本とドイツ、フィリピンとベトナムであって、それすらそれぞれの歴史の特殊性を考慮しつつでなければ比べられない。日本とフィリピンの英語力と経済力を比べるなどという発想がどこから出てくるのか。
 気楽な冗談話として書いたような書き方ではあるが、このような冗談が頭に浮かび得るということ自体、その歴史的知の貧困を疑わざるを得ない。笑い話ではすまない笑い話である。
 というのはそれが、一人この記者だけの問題ではないからだ。日本と他国とを比較して語られる巷の有象無象のスピーチが、歴史への無知と無関心にすっぽりとはまり込んだところからなされている現状の、ひとつの象徴でもあるからだ。
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