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お説教

「お説教」という言葉がどこにあったのかが気になって、マルクスを何冊か当たってみたのだが、どうもマルクスのなかにはありそうにない。そこで、「フォイエルバッハ論」「反デューリング論」と見て、後者のなかにそれらしきものを見つけた。
「反デューリング論」第二篇経済学第四章暴力論(終り)の最後のページに「(デューリング)氏の全叙述は……あらゆる自然的な、また社会的な諸法則がこの悪魔の力たる暴力によって不名誉にも歪められてしまったことについての悲しいお説教である」とある。ぼくの記憶とかなり違う用法だが、たぶんこれが記憶にあって、ぼくの頭の中でそれを観念論者全体に対するマルクスの批判に拡げていたのではないかと思われる。不正確な引用であったことを謝りたい。
 なお同じくエンゲルス「フォイエルバッハ論」のなかでは、「愛――またもや例の愛!」「だが愛は! ――そうだ、愛は、いたるところでつねに魔法の神であって」と論理にゆきづまると愛に解決を見出そうとするフォイエルバッハをからかっている。
 エンゲルスのこういう文章の調子が強く印象づけられていたのだろう。だがもちろんマルクスの文体も似たようなものだ。ぼくのなかで二人の文体が交じりあっていたかもしれない。今回見直して、おやおやエンゲルスも相当な皮肉好きだなと改めて思った。
 ぼくの引用は具体的な用例から言えば不適切だった。それはむしろぼく個人がマルクス全体をそういうものとして読んでいるということの表明として受け取ってもらいたい。
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