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すずめ

 せめて二十歳にならないうちなら、たとえば、雀のことだって書けたのだ。

 ときたま、父は空気銃を使って職場の雀を撃った。彼は、県立の工業試験場でその地域特産の絣のデザインを画いており、そこには付属の機織り工場があって、女工さんたちがいた。昔風の屋根で軒下に巣を作りやすく、まわりはまだ田園地帯だから、雀も多かった。
 持ち帰った雀は、羽根をむしられて醤油をまぶしカラ揚げにされた。その香ばしさが記憶に残っている。
 ある日、巣から落ちたヒナを連れ帰ってきた。凝り性の父は鳥の飼い方という本を買ってきて、本に習って、すり鉢で粟をすりつぶし、水でふやかして、小刀で削った竹べらですくいヒナの小さなくちばしに差し入れてやった。くちばしの根元には黄色いものが付いていた。父の勉強の成果とみんなの協力でヒナは生き残った。成長して柱時計の上をねぐらにした。お母さんの心臓の音に聴こえて落ち着くんだろうと、母がいい加減なことを言った。
 ぼくが学校から帰ってくると、喜んでチュンチュン鳴きながら、玄関へ迎えに飛んでくる。ぼくらが家にいるときはずっとまつわりつき、食事も一緒にしようとする。脂っこいものを食べさせないように気を使った。
 勉強机に坐ると飛んできて机の上を歩きまわる。鉛筆を持って書き始めると、芯の動きに合わせてコツコツやる。厚紙を切ってピストルを作っていると、その大事な一片をくわえて逃げ出した。ぼくは腹を立てて狭い家のなかを追い掛けまわす。
 家は鉄筋コンクリートの市営アパートで、六十年近い昔だが、トイレは水洗で、都市ガスが来ていた。もちろんつつましやかな住まいだが、当時としては近代的だった。潔癖症の父がすべての窓に網戸を入れた。ハエの入ってくるのが嫌だったのだ。網戸のまだ珍しかったころだ。
 だから雀は外へは出られない。だが一度だけ出たことがあった。
 母が試しにベランダに出して、そこに置いた植木鉢の枝に留まらせていた。するといきなり飛び立った。ぼくはあっと叫んだ。雨が降っていたような気もする。雀は一度飛び去って弧を描いて舞い戻り、一階上の隣のベランダに突っ込んだ。
 ぼくは階段を駆け下り、駆け上がり、慌ただしくドアをノックした。呼び鈴はなかった。
「ぼくんちの雀です」
 おばさんは両手のなかに大事そうに雀を入れていた。
「どうりで、よく馴れてるわ。いきなり飛び込んできたからびっくりしたのよ」
 ぼくはそっと受け取った。雀が濡れていたかどうか記憶にない。ただぼくの手の中でぶるぶる震えていた。それはいままでにないことだった。雀の、高まっている心臓の鼓動がぼくの手に伝わってきた。ぼくの心臓もドキドキしていた。
「どこも同じつくりだから間違えたのよ」
 と母が言った。
 でもそれ以後二度と外へは出さなかった。
 雀はもちろんしょっちゅうフンをする。空飛ぶ動物は体重を最低限に保たねばならない。フンをするたびにちり紙をもって始末する。取り除いた跡はわずかに光っていた。鳥の糞には汚れを除去する効果がある、鶯の糞は美容に使うと母が言った。潔癖症の父もこの件では文句を言わなかった。
 夏になると、バッタを取りに行くのがぼくら兄弟の日課になった。生きたまま畳に放すと、雀はすかさず飛んできて頭から丸呑みする。最後にバッタの細長い脚がくちばしにぶらさがり、それもじきに呑みこむ。
 そして……そのあたりでぼくの記憶は途絶える。どのくらいの期間共棲していたのか全く覚えていない。小学生の日々はめまぐるしく、雀のことだけ覚えてはいられない。
 ある日、動きが緩慢になり、そしてある朝目覚めると死んでいた。
「母さんの手の中で死んだ」
 と父が言った。
 ぼくらはアパートの裏を掘って埋め、小さな木切れを立ててお墓にした。

 せめて二十歳になるまでなら、こういったたわいない話も、もっと少年の心のままに書くこともできただろう。些細な日常のなかにこそ大切なものがあるのだとは、ついぞ気付かずに過ごしてきた。
 そしていまではもう少年の心は取り戻せない。
 ただあれ以来、決して雀は食べない。
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