FC2ブログ

プロフィール

まがねとおる

Author:まがねとおる
無名人
新潟の同姓同名はまったくの他人
以上

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

FC2カウンター

カテゴリ

リンク

RSS

漱石「こころ」

 昨日パソコンが訳が分からなくて、漱石と「こころ」について何度書いて保存しても消えてしまい、夜中の3時になったが解決できずに寝た。きょうはうまくいってくれればよいのだが。
 朝日が、百周年を記念して、ちょうど同じ日の4月20日から「こころ」の再掲載を始めた。この作品が朝日に連載されたとき、「先生」の遺書の部分だけだったそうだ。2月17日の「漱石」の記事でぼくが不要と書いた「私」の部分は単行本出版に際して追加されたのだという。したがって、連載のために長くしたというぼくの指摘は間違っていた。あるいは単行本のために長くしたのかもしれないが、遺書だけでは小説として不満だったのかもしれない。
 今回、百年前と同じ遺書の部分だけの連載となる。
「先生」が明治に殉ずると言ったことについて、大江健三郎は高校時代に初めて読んだとき、漱石も国家主義者なのかとがっかりしたらしい。だが、40才で再読して間違いに気付いたという。乃木は明治天皇に殉じたが、「先生」が殉じたのは明治の精神なのだ。
 明治には二面性がある。一方では帝国主義の始まりであり、他方では近代合理主義の始まりである。「先生」が殉じたのは後者なのだ。
 乃木でさえ彼が殉じたのが明治天皇であったのか疑問がある、ということを3月27日の「大衆小説」の記事に書いた。少し付け加える。乃木には子がなかった(あるいはこの戦争で死んだのであったか、記憶があいまいである)。養子をとるように言われたが断った。当時、生物学上の遺伝子にかかわりなく家という形式を保存することは道徳的義務であった。だが、乃木は、農家の跡取りたちを大勢死なせた責任者として、乃木家の存続を望まないと言ったという。そうなると、乃木の自殺は贖罪であったかもしれない。
「先生」の自殺との間に新たな共通項が出てくる。もちろんそれは漱石の意図ではなかっただろうが。
関連記事
トラックバック
トラックバック送信先 :
コメント
▼このエントリーにコメントを残す