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コスモス 6

 三幕Q場

      小川家の元従業員用食堂。冬の初め。夜。中央にストーブ。ストーブの両側にやや大きめ
      のテーブル。テーブルの上に、ビールと食べ物。(本物である必要はないだろう。コップ、
      皿、箸、仮に栓をしたビールの空ビン、栓抜きなどをおいて、場面がきたら、飲み食いの
      ふりをするだけでよい)片側に、中野、小川、宮内。反対側に、半井、古田。中野たち三
      人は、回収したアンケートをテーブルの上にひろげて、かわるがわる読み上げている。

中野  (一枚ずつ手にとって読み上げる)「良かった」……「面白かった」……「良かった」……そっけ
    ないけど、まあいいか。
小川  (同様に)「笑えた」……「楽しかった」……「良かった」……ちゃんとほめてるよ。
宮内  「風刺が効いていた」……「面白かった」
中野  「良かった」……「面白かった」……「良かった」……こんなのばっかりかい。
小川  まあ、待て待て、これはしっかり書いてるぞ……「前回とまるで違うので、驚いた。なかなか器
    用ですね」
宮内  こんなのもあるよ……「コメディもできるとは知らなかった。達者だね」
中野  こっちにはそんなのないぞ。おい、ちょっと貸せ。(手を伸ばして宮内の前から何枚か取り上
    げる)「良かった」……「面白かった」……「良かった」
小川  「現代若者気質が良く出ていた」……「テンポのいいギャグで、ノリがよかった」
宮内  「岡崎さん、今回は路線を替えて、成功したね」……これは岡崎のファンかな。
中野  「良かった」……「面白かった」……「良かった」……

      中野、アンケートをテーブルに放り投げる。

小川  (笑い出して)中野、ほら、これを読ませてやるよ。(アンケートを一枚差し出す)
中野  (受取って読み上げる)「わかりやすくて、面白かったけど……(急に語調が落ちる)何か物足り
    なかった」……

      宮内、ふと注目する。

小川  (中野たちの反応に応じて)こっちにもあるぜ……「面白いことは認める……でもたぶん記憶に
    は残らないね」……こんなのもある……「分かりやすすぎて……考えさせるところがない」
宮内  ちょっと貸して。(数枚のアンケートを受取り、黙読する)

      古田、半井も急に興味をひかれて、注目している。

小川  がっかりすることはないさ。こんなのもある……「今回はちょっと息抜きかな。たまにはこんな
    のもいいね……でも前みたいのも見たいよ」

      間

宮内  (アンケートをテーブルにおき)岡崎戯曲のファンがちゃんといるってことよ!
小川  難解劇のファンがね。
中野  そりゃ、オタクはいるだろうさ。でも少数派だよ。
宮内  オタクだなんて言ってほしくないな。
小川  いや、こういうことも言えるんじゃないかい。いつぞや古田が言ったように、劇が少数者の楽
    しみになりつつあるとしたら、少数者の期待にも応えていかなきゃ、それこそ完全にお客を失
    うかもしれない。
中野  でも圧倒的多数は支持しているぜ……(読み上げる)「良かった」……「面白かった」……「良かっ
    た」……ほらみろ。
宮内  半分はお世辞だよ。「良かった」と書く人はなにも期待してない人さ。批判してくれる人こそ、
    本気で芝居を見てくれる人だよ。
中野  そうかい、これみんなお世辞かい……(読み上げる)「良かった」……「面白かった」……「良かっ
    た」……
宮内  おめでたいね。
中野  おめでたいかもしれないけど、やっぱり、「良かった」と言われたいじゃないか。
半井  張り合わなくてもいいわよ。要するに、両方の要素がいるんだってことでしょ? わかりやす
    くて面白いのも見たい。でも考えさせてもほしい。
小川  まあ、そうだな。
半井  だいたいね、お芝居ってのはお祭りでしょ。
中野  お祭りってなんだ?
半井  お祭りよ。日常から離れた何かよ。それは笑いでもいいし、涙でもいい、美しいもの、絢爛豪
    華、歌や踊り、あるいは迫力のある立ちまわり、スリル、恐怖、それに知的なサスペンスまで
    含めて、何でもいいから、そこに虚構の精神的緊張と、その解放を求めてやってくるわけで
    しょ?
小川  そうなんだけど、それはもうお茶の間のビデオ鑑賞で充たされるわけだろ? 劇場に足を運ぶ
    意味ってなんだ?
中野  その上に役者の優劣がある。オリジナルをやってるからいいようなものの、たとえば、チエホ
    フやシェークスピアをやってごらん、プロとの差は歴然としてしまう。
宮内  そこまで言うかい。
小川  そう言われてしまえば、それまでかもしれないけど、それでも劇場へやってきてくれる人は、
    何か別のものを求めてる、おれの言いたいのはそこさ。
古田  わかりやすい劇は人を考えさせない、記憶に残らない。何か、残るものがほしい。立ちどまっ
    て考えさせるものがほしい。
宮内  難解劇がほしい、テレビでやらないような、一般の人が見たがらないような。
中野  見るに値するだけの内容があればね……無駄にわかりにくいんじゃなけりゃね。
宮内  ひっかかるなあ。
中野  ひっかかってほしいのさ。素人の書くものは無駄にわかりにくいんだよ。
宮内  無駄って言い方はないだろ。
中野  岡崎がそうだって言ってるわけじゃないさ。まあ、岡崎もそうだけど。……それにしても、岡
    崎はえらい遅いじゃないか、峰も。あの二人は一緒なのかい?
半井  (少しためらう) ……たぶんね。寄るところがあるんだって言ってた。(瞬間、古田と眼が合い、
    すぐにそむける)
中野  ふうん……岡崎はありゃ、峰君にぞっこんだぜ。ああいう芸術家気取りのやつってのは、あの
    手のお嬢さんに弱いのかね。おまけに知らん顔していてけっこう手がはやいときている。
宮内  なんて言いかたするんだろう。
中野  でも、半井、ほんとだろ? あれは岡崎のほうから仕向けたんだろう?
半井  なによ。
中野  だから、峰君がここに来ることになったいきさつさ。
半井  …………

       微妙な雰囲気の間。

小川  (雰囲気には気づいてないような感じで)話がそれてるよ。……中野の言うことも一理あるんだ。
    素人はかたひじ張りがちだし、自分のなかで消化できてないことを書こうとするんで、無駄に
    わかりにくくなる。
中野  (気分を変えて)そう。わかりにくくって、じつはなかみは何にもない。
小川  そりゃ言いすぎだよ。技術の壁もある。試行錯誤しているわけだから。

      古田は、岡崎と峰の話が出たときから、心ここにあらずという表情だったが、少し無理し
      た感じで気分を変えて話題に加わる。

古田  (つぶやくように)わかりにくいって言うけど、もうひとつあるだろう?
半井  どういうこと?
古田  (調子を変えて)だって、人生とか、人間とかって、わかる人がいるのかな。わからなくてあた
    りまえで、わかったら、そのほうが現実離れしていないか。作家は人間がわかったから書くん
    じゃなくて、わからないから書くんだよ。

      間

中野  ……うまいね。手品の種明かしみたいなもんだ。作家もわからない。演じるおれたちもわから
    ない。お客もわからない。めでたし、めでたしってわけだ。
宮内  中野君の言い方はいつも身もふたもないんだよ。
中野  まあ、いいさ。お客もけっこう来てくれたし、なんといっても受けてた。やってて、笑ってほ
    しいところで、笑い声が聞こえるというのはいいもんだ。これで、ここ笑うとこだよってとこ
    で、しいんとしててごらん。そりゃ寂しいってもんじゃないぜ。岡崎を見直したよ。
宮内  そりゃ、お客が喜んでくれたら、それに越したことはないさ。章子の言うとおり、いろいろやっ
    てみろってことかもね。
中野  峰君も、初めてにしちゃ、落ち着いてたんじゃないか。
宮内  そうだね。コメディなんてやれるキャラじゃないと思っていたけど、けっこうズッコケてたね。
    意外と度胸があるよ。
中野  岡崎は遅いじゃないか。
小川  待っていてもしょうがない。始めようじゃないか。栓を抜いてくれ。

      ビールの栓を抜き、お互いに注ぎあう。

小川  じゃ、古田、あいさつしてくれ。
古田  なんで、ぼくなんだ。
中野  おまえがインテリだからさ、どうでもいいだろ。

      古田、コップを持って立つ。

古田  みなさん、お疲れさまでした。いろいろ意見の違いはあったけど、どうやら成功裏に公演を終
    えることができました。好景気で忙しいなか、稽古もよく頑張った。じゃ、メジャーをめざし
    て、乾杯。
一同  乾杯。

       古田、坐る。各自、ビールを飲み干し、それぞれ注ぎあう。箸をとって食べ始める。

中野  メジャーをめざすのかい?
古田  あいさつなんだから、いいだろ。
中野  なるほど。
宮内  忙しくてたいへんだったのは確かね。わたしのところなんか、事務はわたし一人よ。そこへや
    たら、仕事が増えて、ここへ来るのに、定時間に、普段の倍、働いたよ。
中野  岡崎がなかなか抜けられなくって、自主稽古が多かったな。まあ、それでも何とかなったわけ
    だ。
半井  わたしたちだって簡単ではなかったのよ。小枝子とわたしと一緒に抜けるわけにもいかなかっ
    たから、交代で抜けてたのよ。
小川  いちばん気楽だったのは、おれかい? いつでも適当だからな。

      間

宮内  (古田に)派遣がどうこうってテレビで言ってるのは、なんなの? 
古田  あれかい……その前に偽装請負の問題があったろ? 
宮内  あれもよくわかんない。
古田  そもそもから言うと、ながくなるけど、日本の産業の競争力てのは、なんといっても下請けシ
    ステムによる、賃金の二重構造だろう?
宮内  そうなの?
中野  昔からそうだよな。労働者分断政策だ。組合員と非組合員に分けて、賃金に倍ほどの差をつけ
    る。仕事はかえって非組合員のほうがきつい。そのかわり責任って点じゃ気楽な面もあるだろ
    うが、そうやって労働者を団結させないようにしているわけだ……まあ、江戸時代から変わら
    ない、日本の支配システムだよ。
古田  この下請けが、つまり請負だ。請負である以上、業務内容をあらかじめ企業間で契約し、正社
    員の指図を受けない。これが原則だ。ところが実際には同一職場で同一労働をしていて、正社
    員の指揮下にある。「これは請負ではない、派遣じゃないか」 てことになったんだ。
中野  詳しいじゃないか。
古田  君にくっついてこの街に来なければ、こんなこと、永久に知ることはなかったろうね。
中野  おれが誘ったわけじゃなし……
古田  まあ、いいさ……ところで派遣はもともと専門的な二十六業種だけに認められていて、それ以
    外では禁止されていた。だって、要するにピンハネ業だからね。そののち九十九年から、原則
    自由化されたが、建設、港湾、製造などは例外とされた。偽装請負が問題化する中で、小泉、
    竹中が二〇〇一年に登場し、経団連の要望に応えて、すべての規制をとっぱらい、二〇〇四年、
    ついに製造業にも認められた。派遣は偽装請負の解決策だったわけだ。
中野  日本の政治を動かしているのは、基本的に財界だからな。
古田  ただし、派遣労働はあくまで一時的措置で、継続して一年間働いたら、直接雇用に切替えねば
    ならない。これもいま三年に延長しようとしているがね。一年では不便だから、何とか体裁を
    整えて、いまだに請負を偽装しているところもある。請負なら永久に使えるわけだから。
宮内  あなたもそうなの?
古田  そこはうまいんだな。クーリング期間てのがあってね、三ヶ月冷却期間をおいて、つまり世間
    の目をごまかして、再雇用すれば違法じゃないと言うことになっている。一年経ったら派遣契
    約を打ち切って、三ヶ月の期間工として、直接雇用する。で、三ヶ月が終了したら、また一年
    間の派遣契約にまいもどりさ。
宮内  うわ、えげつない。
古田  いまの経団連会長の御手洗が、自分とこのキャノンで大々的にやって非難を浴びた。そこで、
    たとえばうちの自動車では、いま希望者に正社員試験を受けさせている。もっとも、氷河期が
    続いたせいで、職場が高齢化している。そこへ団塊の世代の大量退職と、好景気が重なって、
    熟練労働者がいない。企業としても若い正社員がほしいんだ。
宮内  それで、解決するの?
古田  しないだろうね。合格者の定員があらかじめ決まっている。全員を正社員にする気なんかない
    さ。当分、期間工と派遣でごまかしていくんだろう。
半井  でも、一時、フリーターがもてはやされたじゃない。
小川  流行に流されて、泣きを見た人間はいるだろうな。
中野  小川と古田がその典型じゃないか。
小川  そのとおりさ。だが、氷河期で、就職先がなかったのも事実なんだ。
半井  じゃ、このチャンスに正社員をめざす?
古田  そうすべきなんだろうね。
半井  しないの?
中野  所詮、ぼんぼんと、流れ者さ。
小川  破産会社のぼんぼんか?
半井  あなたたちが浮世離れしてるのは確かね。世はあげて勝ち組負け組て、眼の色変えているとい
    うのに。
中野  浮世離れしてなきゃ、芝居なんかしないだろ? 半井だって、どっちかといえばそうだろ?
半井  わたしたちはあなた方より、少し若いもんね。
中野  二、三年しか違やしないじゃないか。女の子が若くなくなるのは早いぞ。
半井  いやみな男だよ。
小川  主役の登場だ。

      岡崎、峰、登場。岡崎は手に何かの包みを持っている。

岡崎  いやあ、悪かったね。少し遅れたかな。
中野  非常に遅れたよ。
岡崎  ちょっと手違いで手間どってね。
宮内  何をかかえてんの?
岡崎  これこれ。これを今回のヒロインのために段取りしたんだ。

      岡崎、包みを開く。コスモスの花束が現れる。

宮内  まあ、そんなものどこにあったの? まるで季節違いじゃない。
岡崎  あるところにはあるのさ。ちょっと苦労したがね。み、峰君がコスモスを好き、好きだって聞
    いてたんでね。今回のヒロインのイメージにも合うし……
中野  おまえも、まあ、なんと……
小川  いいじゃないか。芝居も成功したことだし、ヒロインに捧げてやれよ。
岡崎  じゃ。……み、み、峰君、デビュー、おめでとう。

      岡崎、峰に花束を捧げる。この場での峰の表情には少し困難な演技が要求される。気まり
      悪さと満面の笑みとが共存しなければならない。一同、盛大な拍手。古田ひとり、気持ち
      のこもらない、形ばかりの拍手。

小川  まあ、坐って一杯やれよ。あとで面白いアンケートを読ませてやる。峰君もこっちへ来て坐っ
    てくれ。岡崎、おまえが喜ぶようなアンケートがぞろぞろ出てくるぜ。

      小川のせりふと、せりふにともなう人の動きのうちに、幕。
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