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まがねとおる

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コスモス 4

 二幕P場

      中間幕の手前。一幕P場と同じ場所。舞台中央で、樹になったままの、男1(古田)。
      男2(中野)、登場。樹の手前で立ちどまり、しげしげと樹を見やり、正面に来て、また見
      つめ、反対側に移動して、また見る。

男2  いったいぜんたい、どういう意味なんだ? 樹は樹。人間は人間だ。人間がそう簡単に樹になっ
    てたまるもんか。これは芝居なのか? 芝居としても、リアリティというものは必要だろう。
    やってられん。……言わんこっちゃない、ひとりで閉じこもっているから、そんなことになるん
    だ。聞こえているのか? 

      男2、樹のまわりをまわる。ひとまわりして。

男2  お手上げだな。好きにするさ。

      男2、退場。男1、とたんに、その後ろ姿にあかんべえをする。
      女1(半井)、登場。男1、あわてて、樹に戻る。女1、男2とまったく同じ行動をとった
      のち。

女1  ……そう、意味も理由も必要としない世界に逃げこんだってわけ? お笑いぐさだわ。もっと
    も、あなたのほうじゃ、そうやってわたしたちを笑っているつもりなんでしょうね。……あな
    たの探していたのは何だっけ? 梅干? ……口の中がすっぱくなっちゃった。

      女1、男2同様、樹をまわる。

女1  じゃ、せいぜい元気で樹をしていなさい。

      女1、退場。男1、さっきと同様、思いきり舌を出す。ふと舞台袖に目をやって、あわて
      て樹に戻る。だが、今度は誰も来ない。時々、袖に目をやる。やがて、ゆっくりした動作
      で、人間に戻る。歩きまわる。

男1  ふん。意味だと? 理由だと? 君たちのほうこそ、探しているんじゃないか? これが芝居
    か現実か、そんなこと、ぼくだって知るもんか。これが芝居なら、もうひとつが現実で、これ
    が現実なら、あっちが芝居だ。

      歩く。

男1  だが、どこに確かな現実がある? 現実の確かな手ごたえがどこにある? どれもこれもおぼ
    ろげで、まるで夢のようじゃないか。幕は上がったのか? 男はたたずみ、歩きだし、せりふ
    をしゃべりだしたのか? ぼくの風景はこんなものか?

      刑事、いつのまにか机に向かって掛け、何か書いている。男1、気づいて、樹に戻る。刑
      事、その様子を見て、書くのをやめる。

刑事  さあ、ライオン君。……いや失礼、樹だっけ……わたしにとっちゃ、同じことだ。われわれの
    求めているのは、言葉だっけ……いや、梅干だったかな? どっちにしても、そこでそうして
    いたんじゃ、話が遠い。もう一度、ここに坐ってもらえるかな……

       男1、動かない。

刑事  いいよ、じゃ、そうしていたまえ。芝居を始めるには言葉がいる。あっちが芝居だろうと、こっ
    ちが芝居だろうと、それは変わりない。現実もまた、言葉によって構成されているからね。
男1  (樹のままで)いや、それはちがう。言葉は現実ではない。言葉は現実の、へたくそな模倣だ。
刑事  (しばらく男1を見つめ) ……おや、樹もたまにはしゃべるとみえる。じゃ、この調子でやっ
    ていこう。君の現実には現実味が欠けていたかもしれないが、では、君の芝居はどうだ、現実
    味のかけらもないじゃないか。これは現実が悪いのかね? それとも(次第に歌になる「ギザギ
    ザハートの子守唄」)君が悪いのか……(つぶやく)そんな歌があったよな。……これも、君お
    得意のぱくりか? どうも君は、作家にはなれそうもない。
男1  (樹のままで)あんたはもっとなれないぞ。
刑事  ごもっとも。だが、わたしにはそんな必要はない。わたしは給料をもらっているんでね。しか
    し、君の話は漠然としていて、なんだか夢を聞かされているようだ。そうなのかね?

      男1、無言。

刑事  まあ、いい。わたしはちょっと仕事をさせてもらう。君は心ゆくまで樹をやりたまえ。退屈し
    てきたら、ひとりごとでもしゃべるんだな。

      刑事、書き始める。暗くなって、中間幕が開く。


 二幕Q場

      中間幕が開く。真昼間。背景は一面のコスモス。中央にベンチ。一幕Q場から、十日ほど
      経っている。誰もいない。古田と峰、話しながら、登場。(ここで古田は早変わりすべき
      である。男1の服装のまま出てきてはいけない)

峰   (歩きながら)どうして反対してくれなかったの?
古田  (同じく歩きながら、愉しそうに)君の演技を見てみたいからさ。
峰   (困惑している)だって、ヒロインよ。
古田  そう、ヒロイン。ぼくのヒロイン。
峰   あなたのじゃないわ。岡崎さんのヒロインよ。
古田  同じことだよ。それより、見てごらん。

      二人、中央で立ちどまり、コスモスに気づく。(コスモスは背景だけでなく、客席のほう
      にもある感じで、演じる)

峰   わあ。きれい。
古田  そうだろ。これを見せたかったんだ。
峰   すごい。夢みたい。
古田  ぼくがいままで歩いたなかでは、このあたりでいちばんコスモスのみごとな場所さ。これが枯
    れてしまわないうちに、君に見てほしかったんだ。
峰   ありがとう。来てよかった。わたし、中学生のときから、ここで育ったのに、こんな場所があ
    るなんて知らなかった。

       しばらく、コスモスに見とれる。やがて、どちらからともなくベンチに腰かける。(次
       の会話は、はじめのうち、客席のほうのコスモスを見やりながらという感じで)

古田  花のことなんてほとんど知らないのに、どういうわけか、昔からコスモスだけは好きだ。
峰   なぜなの?
古田  なぜだろう。……(いたずらっぽく)名前を知っている唯一の花だからかもしれない。
峰   (笑いだして)そんなことないでしょう?
古田  (同じく笑う)案外そうかも知れないぜ。好き嫌いなんて、そんなもんだろ?
峰   (いきなり笑いやむ)ときどき、そういう皮肉っぽい言いかたをするのね。
古田  (まじめに)ごめん。でもね、好きなことは確かなんだ。確かなことって、この世の中には、少
    ないだろ?
峰   また……
古田  あ、ごめん。君はこういう言いかたが嫌いなんだ。
峰   嫌いじゃないけど、皮肉って、ひとを薄っぺらくするような気がする。
古田  (考えがちに)そうかもしれない。……(調子を変えて)でも、結局、それがぼくの正体なのかも
    ね。
峰    ……あなたには、どこか寂しげなところがあるのよ。
古田  さびしくはないさ。ぼくはコスモスが好きだし、小枝子も好きだ。
峰   (無理に笑う感じ)そりゃ、あなたは冗談も好きだけど。
古田  (見つめる)冗談だと思ってるの?
峰   (眼をそらして)あなたはわたしを混乱させるのよ。
古田  (同じくそらして)それじゃ、気をつけよう。
峰   ……あなたにとって、あの人たちって、何なの?
古田  仲間さ。
峰   でも、どういう仲間なの? そんなに会話にも入っていかないし、ほんとうに打ち解けている
    ようには見えないわ。どこか冷ややかに観察している。……(見つめる)ちがう?
古田  まいったな。
峰   (眼をそらす)違ってたらごめんなさい。
古田  違うか違わないか、ぼくにもわからないんだ。ぼくがまいったのは、むしろ、君の観察眼だよ。
    (見つめる)君からそんなせりふが出てくるとは思わなかった。
峰   気に障ったのなら、謝るわ。でも、今度のことでもそうだし、章子のことでも……
古田  おいおい、なんだかいろいろ出てくるね。それ、何のこと? 
峰   だから、今度のキャスティングのことじゃない。わたし、さっきから、ずっとその話をしてる
    のよ。
古田  まだ、こだわってるのかい?
峰   ええ、たぶんね。

      峰、立ちあがり、歩く。離れた場所で立ちどまり。

峰   修正するわ。あなたは観察なんかしてない。ひとのことなんか知らないって顔してるのよ。
古田  だんだん厳しくなってくるな。
峰   (歩く)だって、わたしは入ってきたばかり、演技のえの字も知らないのよ。いきなりヒロイン
    だなんて、宮内さんも、(立ちどまって、古田を見る)章子だって、面白いわけないでしょう?
古田  ずいぶんくだらないこと気にするんだな。
峰   (歩く)あなたがのんきすぎるのよ。
古田  でも、配役を決めたのは、団長兼脚本兼演出の岡崎だからな。ぼくの出る幕なんてないさ。
峰   (立ちどまる)ほら、そうやって知らん顔する。わたしの気持ちなんか考えようともしない。
古田  ぼくはこの配役、賛成なんだ。(立ちあがり、峰と反対方向に、歩く。一度、峰をふりむいて)
    あれは君のイメージだよ。(歩く)しかし、岡崎はさすがだね、あのわけのわからんギリシャ悲
    劇に中野がけちをつけて、一週間もしないうちに、全然別の脚本を書き上げちまうんだからな。
    ひょっとして、せんに書いてあったやつを引っ張り出してきたのかとも思ったけど、それにし
    ちゃ、中野の注文どおり、風刺にギャグにロマンス、現代若者風俗、その上、イラク戦争まで
    ひっぱりだして、まるで、中野にあてつけたとしか言いようがない。話はわかりやすくて、面
    白い。(立ちどまる)あんなのが簡単に書けちまうなら、何も七面倒くさいものにこだわらなく
    ていいんだ。
峰   岡崎さんの才能の話をしてるんじゃないでしょ?
古田  ごめん、何の話だっけ?
峰   知らない!
古田  怒るなよ。(歩く) ……宮内はちょっと気にしたかもしれないな。彼女はあれで、けっこう演
    技に思い入れが強いから、ヒロインを演じてみたかったかもしれない。……だけど、半井は、
    ぼくの見るところ、むしろこの役を君にやらせたがっているようだったぜ。なぜなのかは、よ
    くわからないけど。
峰   そう、あなたには章子の気持ちがそんなにわかるの?(知らず知らず皮肉ぎみの言いかたにな
    る)
古田  (立ちどまる)今度は君が皮肉かい?
峰   だって、全然わかってないじゃない! 章子はわたしたちのこと、最初から感づいてるのよ!
古田  どういう意味?
峰   (歩く)あの日、稽古場に行ったのはね、わたしが言いだしたんじゃないの。章子が誘ったのよ。
古田  それが、どういう意味になるんだい?
峰   それがわからないのよ!
古田  彼女は仲間を増やしたかったのさ。
峰   わたしたち、もう二年も同じ職場で働いて、わたしが彼女を知ったときには、彼女はとっくに
    劇団にいて、そういう話題もしょっちゅう出たけど、(立ちどまる)一度だって、芝居を見に来
    いとも言わなかったわ!
古田  君が興味なさそうに見えたんだろ。
峰   じゃ、それがどうして急に変わったの。
古田  どうしてなんだい?
峰   (歩く)わたしたちのことに感づいたからよ。
古田  君、なんだか、テレビドラマみたいなこと言ってるぜ。
峰   でも、感づいたのは確かだわ。あの夏の初め、わたしたちが最初に出会ったとき、あなたたち
    がデートしてた店に……
古田  デートしてたわけじゃない。
峰   (立ちどまる)でもデートだったのよ! あなたたち、しょっちゅう二人きりで会ってたんで
    しょう!
古田  (歩く)そりゃ、ぼくだって彼女のことは好きだよ。でもこれは全然意味が違うんだ。彼女とは
    話が合うというか、いや合わないんだけどね、いつでも言いあいばかりなんだけど、でも話題
    が合うんだ。言いあうことのできる人間なんて、めったにいないんだ。それに彼女は頭がいい
    し、なんと言っても、女性の友達というのは、男とは全然違うもんな。なんというか、なごむ
    んだよ、言いあいしていてもね。でもそれは、友達なんだ。男と女というのとは違うんだ。
    (話しながら、ベンチに戻って、腰かける)
峰   その話はあとでいいわ。……じゃ、あなたたちが、友達らしく、なごみながら、言いあいして
    いたお店に……
古田  今日はずいぶん絡むね。
峰   (歩く)ともかくそのお店に、わたしは何も知らずにほんとにたまたま入っていって、あなたが
    こっちに(身振り)坐っていたでしょう? だからわたしにはあなたが見えなかったの、章子
    が一人でいるんだとばかり思って、気軽に声をかけてしまったのよ。あそこ、感じのいいお店
    だな、て気にかけていたけど、入ったのは初めてで、そこに章子を見たから、つい声をかけた
    の。もちろん章子もわたしがお店に入ったときから、わたしに気づいていたわ、いま思うとね。
    いま思うと、気づいていながら気づかないそぶりをしているような感じがあったのよ、いま思
    うとね。でもそのときは気づかなかったの。それでわたしが声をかけたものだから、彼女も知
    らん顔できなくなって、でも、あなたがいることに気づいて、わたしは遠慮しようとしたのよ。
    ところが彼女は全然気にならないみたいにわたしを坐らせて、だからわたしも、ああ別にそん
    なんじゃないんだと思って、だけど適当なところで切り上げて失礼しようと思っていたら、彼
    女がたまたまお手洗いに行って、その隙にあれでしょう? ……彼女が帰ってきたとき、あな
    た、あわててケイタイをポケットに入れたでしょう? 彼女それを見て、すごくいやな顔した
    のよ。(立ち止まる)あなた気づかなかったでしょう!
古田  あのね、ぼくは何にも観察してないかもしれないけれど、君は観察しすぎなんだよ。どうして
    そんなことで気に病むんだい。くだらないことだよ。
峰   ええ、あなたにとっては何もかも、とるにたらないことなのね。
古田  そうは言わないさ。でも、それと半井が君を劇団に誘う気になったことと、どういうふうに結
    びつくんだい?
峰   それがわからないのよ。
古田  じゃ、何の意味もないのさ。
峰   あなたって単純なの?
古田  ぼくは人間関係を複雑にしたいとは思わないな。
峰   じゃ、これはどう思う? 海水浴、行ったよね、二人きりで。……日帰りだったけど。それか
    ら、二、三日して、章子がすごく絡んできたの。どこでそんなに焼いたの、とか、いい人がで
    きたの、とか……わたしは適当にごまかしたけど、その頃から、章子の態度がとても変わった。
    なんだか、つっけんどんで、皮肉っぽくなったわ。
古田  それは君を仲間あつかいしだしたってことさ。彼女の地が出てきたんだ。劇団の仲間の誰に対
    しても、彼女はもともとそうだよ。特にぼくに対しては辛らつだよ。
峰   …………

      峰、ベンチに戻る。

峰   …………
古田  もう止そうよ、こんな話。
峰   そうね。……でも宮内さんに対しては、どうなの? わたしは彼女を傷つけたわ。
古田  宮内も半井もくそくらえさ。人間てのは傷つけあって生きていくもんだろ? 君にはその自覚
    があるんだから、それでいいんだよ。
峰   あなたはものごとに悩むってことがないの?
古田  人間関係で悩んだことはないな。もっとも、それは、ぼくがあまり、そういう関係を持ったこ
    とがないからかもしれない。そういう関係を持ちたいとも思わないんだ。ぼくはただ、人生の
    意味をつかみかねている。もうちょっとでつかめそうな気がして、なかなかつかめない。それ
    が、まあ、ぼくの悩みといえば、悩みだ。
峰   (微笑んで)でもあなたは、コスモスが好きなんだわ。
古田  そう、ぼくはコスモスが好きだ。(笑う)そして、小枝子もね。
峰   (笑う)ほんとうに?
古田  ほんとうだとも。
峰   (笑いながら、見つめる)もいちど言って。
古田  (笑う)ぼくは小枝子が好きだ。
峰   こっちむいて、もいちど。
古田  (笑いながら、見つめて)ぼくは、小枝子が、好きだ。

      二人、楽しそうに笑いあって、キスし、また笑いあう。やがて。       

峰   (古田から離れながら)岡崎さん、わたし記憶にあるわ。
古田  初対面じゃなかったわけ?
峰   ええ、春ごろに一度、章子の車に同乗したとき、稽古場にちょっと寄ったことがあったの。ちょ
    うど来合わせた車から降りてきた人と章子がしばらく話して、それで用事が終わったみたいで
    車からは降りなかったんだけど、思い出してみると、あれが岡崎さんだったわ。ウインドーか
    らのぞきこんで、章子と話しながら、ときどきわたしのほうを見てたわ。
古田  君は男をふりむかせる顔をしてるんだ。
峰   でもわたし、あの人ちょっと、こわい。
古田  つっけんどんだからだろう? なに、てれやなのさ。じきに馴れる。中野や、小川のほうが親
    しみやすいだろ?
峰   そうね。
古田  中野の才能は誰とでもすぐに友達になっちまう、てとこだ。営業向きだよ。部品の仲介業みた
    いな会社で、コンビナートまわりをしている。
峰   小川さんは?
古田  あれは警備会社にいるよ。ぼくとあんまり変わらんな。
峰   岡崎さんは製鉄所でしょ?
古田  そう。私大だけど工学部を出たからね。
峰   あなたはどうするの?
古田  さあ、いまのところは自動車会社が忙しい。「モダンタイムズ」ばりに働いている。おかげで、
    飯が食えてる。でも、身分の保証がない。……よくわからないんだ。生まれてこのかた、職業
    てことについて考えたことがないんだよ。
峰   じゃ、将来のことを考えないの?
古田  そういう暇がないんだ。考えることが多すぎる。
峰   何を考えているのか、わからないわ。
古田  人間関係や、生活のこと、以外のすべてさ。
峰   また、皮肉?
古田  いや、事実だ。ぼくは実際的な人間じゃないんだ。意図してそうしているわけじゃない。考え
    ることが多すぎて、実際的なことまで、頭がまわらないだけなんだ。
峰   だって、実際的なことを考えないとしたら、何を考えるの?
古田  なぜ、宇宙が存在するのか、コンピューターが蟻の自由さえ獲得できないでいるのはなぜか、
    権力はどこから生まれ、どうすれば民主化できるか、人はなぜ罪を犯し、罪は許すことができ
    るのか、あるいは償うことができるのか、それから、そう、人はいかにして自己の死と折り合
    いをつけるか、空間をつかまえる方法、言葉と現実とをいかにタイアップさせるか、エトセト
    ラ、エトセトラ、さ。
峰   なぜ、学者にならなかったの?
古田  なまけものだからさ。
峰   またそう言ってごまかす。
古田  これも事実なんだ。ぼくは自分がなにをしたいのか、よくわからないんだ。
峰   ふうん。でも何かを書くつもりなんでしょ?
古田  うん。芝居を書こうと思ってる。
峰   ほんとに?
古田  でも、ぼくが書くと、岡崎のより、もっとわけの分からんものになっちゃうかもね。
峰   うわお! …………岡崎さんはなぜ普通の芝居に満足できないの?
古田  世界をつかまえたいからだろ。
峰   どういう意味?
古田  いや、つまり、ぼくの感じていることと一緒じゃないかなと思うのさ。これも、あれも、世界
    じゃない。世界はもっと違う色をしている、という感じがあるんじゃないかな。
峰   世界って何のこと?
古田  ぼくらの生きてるこの世界さ。ぼくも結局それを知りたいんだ。……君も何か書いたことはあ
    るだろ? 絵とか、詩とか。
峰   ええ、そりゃ、まねごとくらいなら。
古田  なぜ書こうとしたの?
峰   そうね……感動を表現したかったのかな。
古田  で、書けたかい?
峰   書けたってほどのものじゃないけど。
古田  ぼくが言ってるのは、書きたいものが書けたかってことなんだ。
峰   うーん……できあがってみると、ちょっと違うかな、という感じ……
古田  そうだろ。絵のことはよくわかんないけど、絵だってそうだろうとは思うけど、ぼくの場合感
    じるのは言葉の不自由さだ。ほんとうに言いたいことってのは、いつも言葉と言葉のあいだか
    ら、するっと抜け落ちるんだ。
峰   うん。それはわかるような気がする。
古田  感じたこと、そのままの言葉なんて、どこにもないんだ。
峰   じゃ、どうして書くの?
古田  だからなんだ。言葉で表現できないものを、形で表現しようとして、書くんだ。
峰   詩や芝居で?
古田  たぶんね。

      間

峰   わたしはもっと違うふうに考えてたわ。
古田  どんなふうに?
峰   たとえば美しいものを見たら、それを書きたいって思うじゃない。
古田  ちがわないよ。ただ、美しいものはほんとに美しいのか、それはたとえば個人の経験による偏
    見なのか、時代の流行なのか。だって、美しいものなんて、どこにもないし、美なんてどこに
    もないんだからね、それは対象に対して人間の心の中に生じる精神作用に過ぎないだろ? だ
    からぼくとしては、美しいものよりも、そう感じる人間の心の動きのほうに関心が向くんだ。
峰   あなた、あそこでは黙ってるくせに、ほんとは小川さんなみに理屈っぽいのね。……でも、あ
    なたに、人間の心の中がわかるの? あなたは他人に無関心だわ。
古田  最初に戻ったね。
峰   だって、あなたは章子のことなんて、全然わかってないのよ。
古田  小枝子のことなら、少しわかるぜ。
峰   どうだか。わたしだって、あなたが思うほど単純じゃないかもしれないわよ。
古田  単純だなんて思ってないさ。
峰   わたしは章子ほど頭がよくないわ。あなた、頭のよい女性が好きなんでしょ?
古田  美しい女性も好きさ。
峰   それ、単なる精神作用なんでしょ?
古田  …………。(つぶやく)口では女性に勝てないって、ほんとだな。
峰   (笑う)でも、あなたの精神作用をほめてあげる。……コスモスもあなたの精神作用?
古田  ああ。だって、ほんとにきれいだもの。どうして、あんなに無邪気に咲くことができるんだろ
    う!
峰   コスモスが? ほんとに無邪気なの?
古田  ……(困惑)……ぼくの……精神作用さ。
峰   (笑う)負けた?
古田  (同じく笑う)うん。ぼくは小枝子に勝てない。
峰   (勝ちほこる)それでいいのよ。

      見つめあい、どちらからともなく、キス。そのまま、幕。
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