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コスモス 3

 一幕Q場

      稽古場。二年前。ところどころに作業台と椅子。台の上にはミシン。倒産した縫製工場で
      ある。全体に雑然とした感じ。
      岡崎、中野、宮内、小川、古田。序幕やP場とは違う服装であることが望ましい。特に小
      川はここで若がえる必要がある。
      岡崎と中野が袖に近い作業台をはさんで向かいあって腰かけている。あとの三人は、遠巻
      きに二人の議論を聞くともなしに聞いている。

中野  (台本を手に持って、時々それを指差したり、叩いたりしながら、身を乗り出して)岡崎、おま
    えが演劇に特別の思い入れを持ってるってことはわかってる。だがこれでお客が来るか? こ
    の芝居を見たお客が、次にもう一度、おれたちの芝居を見たいと思うか? これはなんだい。
    研究発表会か?
岡崎  (背もたれにもたれ、脚を組んで、悠然とした姿勢)じゃ、中野はどうしたいんだ。何がやりた
    いんだ。テレビでやってる、どうでもいいようなお笑いギャグか?
中野  そりゃ、おれたちゃ、素人芝居だ。商業劇団じゃない。どうあがいたって、プロ集団をしのげ
    るわけじゃない。だから、いっそ実験演劇に傾斜していく、おまえの気持ちはわかる。だけど、
    お客を無視していいのか? 芝居って何だ? お客のいない芝居って、いったい何だ?
岡崎  別にプロに勝てないから、実験に逃げてるわけじゃない。ぼくは、ぼくの見たい芝居をやりた
    いだけだ。どこにでもあるような芝居は、ぼくはもう見たくないんだ。だから、演劇の新しい
    可能性を探ろうとしているんだ。
中野  おまえはそういうものが見たいのかもしれんが、お客はそうじゃないぜ。
岡崎  客はあとからついてくるさ。
中野  それが素人の思いあがりってもんだ。生きるか死ぬかのプロ根性を軽く見すぎているんだ。
岡崎  お笑いコントを書けって言うなら、いくらでも書くぜ。ひとひねりして、時事問題をつまみ食
    いした風刺を利かして、適当にロマンスを織りまぜて、そんなの簡単だ。そんなのはぼくでな
    くても書ける。 
宮内  わたしは岡崎君の芝居、好きよ。ほんとのこといえば、よくわかんないんだけど、簡単にわかっ
    ちゃうお芝居なら、ほんと、どこにでもあるもんね。
中野  芝居オタクだけをお客に選ぶなら、それも良かろう。
宮内  何がオタクさ。失礼しちゃうな。お客におもねりゃいいわけ? ただの娯楽なら、やりたいなん
    て思わないよ。プロになりたいなら、どっかのオーディションを受けりゃいいわけだし、地方
    文化の担い手って、柄でもないしね。ただ、やりたいから、やりたいことをやる。やりたくな
    いことはやりたくないわよ。
小川  宮内、まあ、待てよ。中野が言ってるのは、客のレベルに合わせろっていうような低次元の話
    じゃないと思うよ。そうだろ、中野?

      小川、中野を見る。中野、やや、とまどってから、なんとなく、うなずく。小川、確信を
      得たように、うなずき返して。

小川  ことは芝居の本質に関わる問題なんだろうさ。芝居って何か。お客がいないとしたら、芝居は
    芝居でありうるのか。芝居がお客の存在を前提しているとしたら、岡崎が求めているような、
    新しい芝居の探求とは、社会の変化、人々の意識の変化の中で、芝居とお客との間で、いま求
    められている、あるいは今後求められることになる関わり方のありようとはどんなものなのか、
    これが探求の中心になけりゃならないはずなんだ。お客とは芝居の本質なんだ。

      間

宮内  へえ? ……そうなの? 中野君が言ってるのは、そういうことなの?
中野  (当惑気味に)……おれは……そんなに難しくものごとを考えるたちじゃないがね、まあ、小川
    に言わせりゃ、そういうことになるんだろうさ。
宮内  いいかげんなもんね。

      間

岡崎  小川とぼくとの違いはね、小川は評論家だが、ぼくは実作者だってことだ。ぼくはぼくの書き
    たいことに一生懸命で、小川のように客観的というか、分析的には、ものごとを見られないさ。
    はっきりいって、書いているぼくの頭にお客なんていないよ。……古田はどうなんだ。君は詩
    を書くだろう?
古田  (急に呼びかけられてふりむく)……ぼくかい? ……そうだな、読者を意識したことはないね。
    書く人間はそんなこと考えないんじゃないかな。……でも、小川の言ってるのは、そういう意
    味でもなさそうだね。聴くに値する言葉だとは思うよ。でもねえ……芝居も、詩もそうだけど
    ……将来性のある媒体なのかな? 詩は、シンガーソングライターに乗っ取られちゃったし、
    芝居だって、映画に勝てないだろ? もう、活字で詩を読んだり、劇場に足を運んだりする時
    代は終わったんだ。
宮内  そりゃ、その程度のことはわかってるわよ。詩は本来活字で読むものじゃなかったから、昔に
    戻ったんだとも言えるわけだし、一方、テレビのチャンネルひとつで、何だって、いながらに
    して見れる時代だもんね。
岡崎  でも、古田だって、まだ書いているんだろう?
古田  たいして書けないけどね。ときどきは書くよ。
岡崎  なぜ、書くんだい。
古田  書かずにおれないからさ。
岡崎  なぜ、書かずにおれない?
古田  それは……そうだな……自分の心に生じたものを、形にしたいんだ。……なぜ形にしたいのか、
    よくわからないけど……
岡崎  そうだろ。ぼくだってそうだ。
中野  書きたいから書く、見たいから、見る、やりたいから、やる、いいかげんにしてくれよ。それ
    をどう呼ぶかっていうとね……
宮内  自己満足だって、言いたいんでしょ。
中野  (ちょっとしらけて)……ま、そんなところだ。

      間

小川  おれはね、岡崎だって、古田だって、考えているんだと思うよ。形にしたいってことは、つま
    り、人にもわかってもらいたいってことなんだ。
中野  じゃ、もう少しわかりやすく書いてくれよ。
岡崎  それができりゃ、苦労しないさ。わかりにくいことを書いているんだから、わかりにくくなるよ。
中野  それが思い上がりじゃなきゃいいけどね。

      半井、峰、登場。

半井  そろってるわね。さっそく激論、てわけ? 誰が思いあがってんの? 中野君じゃないの?

      中野、適当に笑う。古田は峰を 見て、とまどっている。峰、少しはにかんで、薄く笑う。
      全員の注目が峰に集まる。特に岡崎。

半井  紹介するわ。峰小枝子さん。古田君は会ったことあるよね。こちらが、小川君。この工場のオ
    ーナーのどら息子。
小川  よろしく。
峰   こちらこそ、よろしく。

      握手する。

半井  どら息子に見えて、実際、どら息子。でも、演技力には定評があるし、理屈をしゃべりだすと、
    意外と理屈っぽい。
峰   ここが稽古場なんですって? お仕事のほうはいいんですか。
小川  なに、とっくにつぶれちゃっているのさ。
峰   まあ。
小川  中国との競争に負けちまってね。従業員には気の毒だったが、おやじはタクシードライバーに
    転進した。ぼくはもともと跡継ぎじゃないし、まあ、適当にやっている。君は? 学生?
峰   いえ、お勤めしています。
小川  ふうん。えらいね。
半井  どうしてさ。わたしだって、お勤めしてるわよ。

      小川を振り切って、作業台の間を縫うようにして、宮内の前に進む。

半井  演技派女優の宮内真理さん。
宮内  それ、抵抗あるなあ。女優が演技派と呼ばれるのは、見た目じゃないって意味なのよね。
峰   (笑いながら)よろしくお願いします。
宮内  ここ、きつい人間ばかりだよ。入ろうと思ってんの?
峰   まだ、わかりません。
宮内  そう。まあ、よろしくね。

      握手。次に進む。

半井  中野君。
中野  (立ち上がる)歓迎するよ。(握手)女優が足りないもんだから、岡崎の台本が艶がなくってね。
    小劇場の悲しさだなあ。(半井に)おれのプロフィル紹介はないのかい?
半井  劇団の営業マン。世話係。いちばん騒がしい男。
中野  よく言うよ。
峰   よろしくお願いします。
中野  ああ、よろしく。

      岡崎の前に進む。岡崎、あわてた感じで立ち上がる。椅子がひっくり返る。

半井  岡崎君。団長、脚本、演出、俳優。オールマイティ。
岡崎  (どもる)ぼ、ぼ、ぼくは……
半井  美人の前では、どもる男。
岡崎  なにを言うか。ぼ、ぼくは、その、オール、オールマイティなんかじゃない。いまも今度の台
    本のことで、こっぴどく、こっぴどくやられていたんだ。
半井  (傍白)めずらしく、岡崎があせっているよ。
岡崎  ぼ、ぼくは、その、まあ、ぼくにも至らぬてんはままあるが……
中野  (傍白)至らぬてんだらけだ。
峰   (握手の手を出しかねて、迷っている。あきらめて、頭を下げる)どうぞよろしくお願いします。
岡崎  ああ、よろしく、よろしく。

      半井、峰、岡崎から離れて、小川のいるほうに戻る。この間、古田はずっと、峰を気にし
      て、ときどきちらっと見やったり、視線を外したりしている。峰も、古田の横を通るとき
      は視線を向けるが、そのときは古田が視線を外している。

峰   (小川に)今日は稽古なさらないのですか。
小川  台本を検討する段階でね。そこで食い違ってしまったもんでね。読んでみるかい? (台本を
    渡す)
峰   (受けとる)ありがとうございます。(適当に腰かけ、台本をめくりはじめる)
小川  半井の感想はどうなんだ。
半井  何の感想よ。
小川  今回の岡崎の台本だ。いま、もめていたんだ。
半井  うーん、難しいのが二回続くってのが、ね。
中野  三回目には、お客が来なくなる。
岡崎  ちぇ、苦労して書いたんだぜ。
中野  今度は苦労せずに書けよ。風刺とロマンスとギャグで、ね。そんなら、簡単だろう?
岡崎  簡単と思うなら、おまえが書けよ。
中野  おれに才能がないから、おまえに頼んでるんじゃないか。
岡崎  ぼくはいやだ。岡崎進と名前を入れる本に、そんなまがい物を入れたくない。

      二人の言いあいが続いている感じ。せりふにともなうアクションだけで、せりふは聞こえ
      ない。
      峰は台本を読みながら時々半井に話しかける。その声も聞こえない。

小川  古田は、演劇の将来に悲観的なのか。
古田  だって、じっさいそうだろう? ごく一握りの劇団、それもミュージカルしか生き残りやしな
    いよ。
小川  じゃ、何で、ここに来るんだ。
古田  こういう話が聞きたいからじゃないかな。よそでは聞けないよ。
小川  学生時代への郷愁か。
古田  とんでもない。学生なんて、軽口がうまいだけさ。それにぼくはまともに学校へ行かなかった
    し……
小川  中野とは古いのか。
古田  大学で知り合った。くされ縁かな。面倒見のいいやつなんでね。中野が卒業して就職と同時に
    ここへ来たんで、卒業できずにぶらぶらしていたぼくもついてきたのさ。
小川  けっこうのんきに生きてるな。
古田  まあ、食うにゃ困っていない。

      中野と岡崎の言いあいに宮内が割って入る。

宮内  中野君もしつこいんだよ。書きたくないものは書けないに決まってるじゃない。それが作家と
    いうものだろ? なんでそんなことがわかんないのさ。
中野  (宮内を見つめ、それから両手を挙げる)わかったよ。わかりました。おれの負けだ。わが劇団
    の唯一の劇作家にへそを曲げられちゃ、おしまいだしな。難解劇ナンバーツーに挑戦しようじゃ
    ないか。半井、いいかい。
半井  いいよ。まあ、興味がないわけでもない。これ、オイディプスでしょ?
岡崎  知ってるんだ。
半井  まあね。でも時代がごちゃ混ぜなんだよね。なんで学生運動が出てくるのさ。
岡崎  それは、まあ、つまり……
小川  しかたないんだ。おれたちの世代には何にも劇的なことがないもんな。それで劇をさがすとな
    ると、親の世代までさかのぼることになる。
岡崎  あっさりした言われようだな。
峰   あの……
岡崎  な、なにか?
半井  (傍白)どもらなくてもいいよ。
峰   いえ、そのオイ……何とかって何かと思って……だって、ここにはそんな名前出てこないで
    しょ?
半井  オイディプスね。ギリシャ悲劇が下敷きになってるのよ。父親を殺して、母親と結婚してしま
    った王様の話。エディプス・コンプレックスていうじゃん。男の子は母親を慕って、父親をラ
    イバル視して憎むという。
峰   まあ、そんな内容なんですか?
岡崎  ま、まあ、そう、そうなんだけどね。この父親というのは神の象徴でもある。神を殺すという
    行為は、人間が自分に責任を持って生きるということになる。
小川  一昔前にはやった、実存劇だよな。
岡崎  そうかい。時代遅れかい。ぼくは現代人の不安を表現したつもりなんだ。
小川  現代人は不安なのかな。
中野  いまに不安になるかもしれないぜ。いまは中国特需で、物が売れて笑いが止まらないなんて言っ
    てるけど、さあ、いつまでもつのかな。
岡崎  ぼくは経済のことを言っちゃいないよ。
中野  でも人間の基本は経済だろう?
宮内  経済がまた悪くなるの?
中野  なるかもしれないって言ってるのさ。

      間

小川  おれの疑問はね、抽象的な言葉が独り歩きしてないかってことなんだ。いわく、神、いわく、
    不安、……どっか、すれちまった言葉だろう? だいたい、日本人はもともと無神論者なのに、
    そこにヨーロッパの無神論を持ち込んでも、いまさらって感じだよな。
岡崎  そりゃね、キリスト教的な神は日本にはいない。でももっとこわい神がいるだろう? 世間と
    いう得体の知れない神がさ。こいつは唯一神より、もっとたちが悪いぜ。世間さまに顔向けで
    きなかったり、世間が許さなかったりするんだ。
小川  世間に従ってる限り、不安じゃないさ。
岡崎  でも社会が変化して、人々の生き方がその枠に収まらなくなってきているのに、世間はそれに
    ついていけない。
中野  (揶揄する調子で)つまり、不安をかかえている人は、世間より一歩前を行ってるってわけだ。

      間

岡崎  まあ、言葉が抽象的で、しかもすれてるって言うなら、認めるよ。
小川  だから、問題提起の仕方が、一時代遅れてしまう。
中野  おれは、具体的な社会の中に生きる人間を見たいね。四十年もさかのぼらなきゃ、劇がないっ
    て? そうなのかい? いまだって、アメリカのやってることは四十年前と一緒じゃないか。
    ブッシュひとりの気まぐれで、何万人が殺されりゃすむんだ?
岡崎  でも決定的に違うのは、日本人の反応だよ。我々は完全に無関心だ。
中野  それを書きゃいいんだよ。

      間

岡崎  少し、時間をくれ。どうも不満があるようだ。もう一度、考えをまとめてみたい。

      間

半井  じゃ、きょうはひとまずお開きだね。
小川  その前にちょっと食堂へよってくれ。コーヒーを入れるよ。

      岡崎、中野、小川、宮内、半井、がやがやと語らいながら、退場。
      古田と峰、なんとなく残る。

古田  なぜ来たんだ。
峰   来ちゃ悪かった? だって興味があったんだもの。
古田  ぼくらのことがばれてしまうぜ。半井に知られたくないって、君が言ったんだろう?
峰   章子に悪いかと思ったのよ。だって、ああいう形で始まったでしょう?
古田  なんのことかな。
峰   わたしは偶然章子と居合わせただけだったのに、彼女が席を外したすきに携帯番号を聞き出し
    て、電話してきたじゃない。やっぱり気にするわ。
古田  だって、ぼくと半井とはなんでもないのに、彼女はそんなこと気にしないよ。ぼくがそう言っ
    たのに、君が勝手に気にして、秘密にしたりして、今度はこんなことをする。ややこしいこと
    になっちゃったじゃないか。
峰   だから、ここに来ることが、そのややこしさを解決する道だと思ったの。だって、あなたと自
    然に会えるでしょう?

      間

古田  わかった。君が先に行ってくれ。あやしまれる。
峰   怒ってない?
古田  ああ、怒ってないよ。

      峰、退場。

古田  第二幕の幕開きだ。

      退場。幕。
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