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物々交換

 植田さんがコメントに書かれた、「物々交換という行為は共同体内の分業から生まれた」というのは考慮に値する説だと思います。交換という観念は何がしか交換的な行為の積み重ねの中から生まれてきたのでしょう。その端緒は無償のプレゼントだったかもしれませんね。
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176:交換の起源? by 植田 与志雄 on 2013/12/31 at 22:43:35 (コメント編集)

集団内での分配が始まった起源についての説を紹介します。
私にはこれを評価する力はありませんので、まったくの受け売りです。

高原さん⇒物々交換の始まりが、集団間でも集団内でもよい。ただ、その始まりの運動構造は明らかにする必要があるだろう。何もないところから何かを始める方法のモデルになるから。つまり、制度の開始のメカニズムを明らかにすることは方法として需要である。

中村宗之さん(立正大学准教授/経済理論)⇒ボノボとヒトの経済を比較して考察

*理性によって交換が始まったのではなく、交換性向(本能?)があってこれを使うために理性が発達したのではないか。なぜ交換性向が形成されたのかは説明が必要だが、、。

*社会脳仮説:道具の使用ではなく交換に伴う個体間関係の複雑さを処理するために脳が巨大化したのではないか。霊長類の群れの大きさと大脳皮質の相対的重量に相関がある。

*700万年前から2足歩行が始まって、200万年前から乾燥地で脳の巨大化(500CC⇒1000CCに)が始まってヒトに向かった。2足化で脳が巨大化したわけではない。ペンギンやカンガルーは2足だが脳は小さい。2足化は食べ物を持って移動するのに便利で効率良いという効果(2足歩行の運搬起源説)。

*ボノボの経済:数十匹のまとまった集団全体で緩やかに食物の豊かな場所を求めて移動。熱帯雨林は食物密度が高く、食べ物は各自が取って食べるから、交換の必要がない。

*ヒトの経済:乾燥化で食物密度低く、この環境に対応しようとした。集団で移動せず、男GPは遠くへ狩猟に出かけ食べ物をその場で食べずに持ち帰る、女GPは子どもを連れて近くで採集。カロリーは採集がメインで7割、狩猟は成果が不安定でカロリー3割。不安定な収穫の中で家族間で食物を分配しあって支えあう、リスク分散で個体の生存と遺伝子の増殖に有利になった。

以上

175:物々交換開始について  高原利生 by 高原利生 on 2013/12/31 at 02:59:37 (コメント編集)

物々交換開始について  高原利生

 時間的順序が分からなくなってきたので、メッセージとコメントの順序関係を整理する。物々交換開始の仮説が三つになってしまった。

1. 「技術と制度における運動と矛盾についてのノート」 高原利生
http://www.osaka-gu.ac.jp/php/nakagawa/TRIZ/jpapers/2013Papers/Takahara-TRIZHP-1307/Takahara-TRIZHP-Paper-130727.html これだけは石崎徹氏ブログでなく、中川徹教授のホームページ内の高原利生のノート。物々交換開始を、運動=矛盾として扱うことをきっかけに、運動=矛盾という近似モデルを、再構築したつもり。はじめて、全ての客観的運動、人間の行動、思考を含むあらゆる運動を、運動=矛盾として扱える方法ができた(と思っている)。
この中で、物々交換開始を可能にした第一の仮説を述べている。
2. 物々交換、そしてエンゲルス(高原さんへ)政治 - 2013年12月20日 (金) 石崎徹
 1を読んだメッセージ。物々交換開始の石崎説。
3. 162:物々交換について石崎徹さんへ 高原利生 by 高原利生 on 2013/12/22
http://maganetoru.blog.fc2.com/blog-entry-263.html#comment162 2を読んだコメント。物々交換開始の第二の仮説である石崎説。

4. 155:労働と生産労働 by 高原利生 on 2013/12/16
http://maganetoru.blog.fc2.com/blog-entry-248.html#comment155 これは、赤旗2013年11月22日付の座談会「古典教室第2巻を語る」
に対して、不破哲三氏の自由観、労働観を批判したいくつかのコメントの一つ。マルクスが資本論で生産(的)労働を述べている。物々交換という制度を作る行動、運動は、労働か?生産(的)労働か?を問題にした。
5. 171:高原さんの労働議論のつづき by 植田 与志雄 on 2013/12/26
 4についての植田氏の二通目のコメント。この中で、物々交換は集団間でなく、まず集団内で始まったという第三の仮説を紹介している。

6. 「物々交換」メッセージ - 2013年12月30日 (月) 石崎徹
 5を読んだメッセージ。

 以下がコメントである。
 物々交換の始まりが、集団間でも集団内でもよい。ただ、その始まりの運動構造は明らかにする必要があるだろう。何もないところから何かを始める方法のモデルになるから。つまり、制度の開始のメカニズムを明らかにすることは方法として需要である。
 第二の物々交換検討の意味は、生活の中で、物々交換に始まるものの売買、流通は、労働に次いで大きな意義があり、労働疎外の解決とともに、物々交換の疎外も解決しないといけないことである。物々交換開始の当時は、もう強奪で争う必要のない安堵があり、相手の労働に対する敬意もあったはずである。
 第三は、ものの交換が等価交換でなかったらどうなっていたかの検討である。1や、FIT2013で少し書いた。

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