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家系の話(3)

 3 野村家

野村系図

 三省の妻美代の野村家には多少面白い話がある。この一族は桓武天皇と一緒に奈良から移ってきたというのを誇りにしていた。野村は京都に多い姓である。
 三条のあたりの酒造家であった。月桂冠の創始者とも聞いた。美代と、その姉民とは商家のお嬢さんとして育ったが、やがて実家がつぶれる。美代は三省と結婚したが、民の結婚相手木庭(こば)は、三人の子を残して死んでしまう。さいわい民はお嬢さん時代に琴を身につけていたので、琴を教えて生計を立てる。長男と末の娘とを木庭家に渡し、次男だけを野村として育てたようである。
 ここでも、家を消滅させられないという思想が影響している。もはや実家が倒産していて財産も何もなくても家は家である。兄弟で姓が違う。
 こういう風習は現代では上の階級ほど頑固であるようだ。岸の弟が佐藤であったり、安倍の弟が岸であったりする。いささか滑稽だが、旧民法ではそれは義務的だったようだ。
 民の家に残った野村芳雄にはちょっとした挿話がある。中学受験の日に高熱を出して受験に失敗した芳雄は、やむを得ず同志社中学に通う。挫折感を持って入った同志社で、彼はキリスト教に出会う。
 軍国主義の台頭してきた時代である。将校が配属される。校長が天皇の肖像に拝礼しようとしないので、将校は彼の追放を要求する。芳雄たち生徒は校長を守るためにストライキを計画し、学校側と折衝する。学校側は、「君たちの気持ちはよく分かる。だがここでことを起こせば大変なことになる。校長には同志社女学校に行ってもらう。しんぼうしてくれ」と言って生徒たちを説得し、生徒たちも引き下がった。そののちいろいろ経過があって、芳雄はその校長のいる同志社女学校(戦後同志社女子高校)に音楽教師として勤務することになる。最後は校長で退職した。
 少し戻して中学時代の挿話をもうひとつ。
 ある日芳雄は配属将校から、「天皇と神とどちらが偉いか」ときかれた。「神様です」と芳雄は答えた。「なぜか」と将校にきかれた芳雄は、「天皇も神様を拝みます。だから神様の方が上です」と答えた。配属将校は「よし」と言ってそれ以上追及しなかった。
 信念を守りながら、巧妙に将校の追求をかわしたとんち問答のような芳雄の受け応えは見事である。とともに、理屈の正しさを理解して追及をやめた将校もなかなかであったと言えよう。
 芳雄は女子高校歌や、京都市の歌、その他讃美歌などを作曲した。
 ぼくら夫婦の仲人をつとめてくれた人である。

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