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1994年の不破報告について

 19年前の、共産党綱領改定時の不破氏の報告に眼を通したが、基本的にぼくが批判した2004年の綱領改定に関する本の内容と違わない。
 違っているのは、社会主義二段階論を04年には否定しているが、94年版ではまだ肯定していること、および旧版では、ソ連には触れているものの、中国には(ニクソン訪中以外)触れていないことくらいである。(天安門事件の直後だったので触れようがなかったのだろう)。
 したがって04年版を批判したぼくの文に付け加えることは何もない。
 不破氏が興味を持っているのが理論だけで、世界の現実には興味がないのだと感じるだけである。
 例えばこの報告の直前に起こったソ連の崩壊である。この出来事の最も重要な点が、ロシアその他ソ連邦を構成した国々、および東欧諸国において、一党独裁体制が敗北せしめられたことであるのは当時から明らかだった。これは革命だったのだ。社会と政治の混乱はいまだに続いてはいるが、それは革命につきものの現象である。少なくともこれらの国々は歴史の新たな一歩を踏み出した。いつかは為さねばならなかったことを、このとき実行したのである。
 この過程で、(旧ユーゴやアゼルバイジャンでの悲劇はあったが)全体としては過大な流血を招かずにすんだこと、これは奇跡的なことであった。
 そのことにゴルバチョフの果たした役割を過小評価すべきではない。不破氏はゴルバチョフの理論がどうこうと力説しているが、理論など、くそ喰らえだ、理論が正しかろうが誤っていようが、ゴルバチョフは現実を動かしたのだ。これを評価できない不破氏は完全に歴史音痴である。

 またニクソンの訪ソ、訪中について難癖をつけているが、それでベトナムが負けたわけではない、勝利したのである。アメリカ国内はじめ日本を含む世界の反戦運動が、訪ソ、訪中で弱まったわけでもなく、ソ連、中国のベトナム援助が(援助疲れはあったかも知れないが)、消滅したわけでもない。日本共産党が口先で訪ソ、訪中を批判したことの貢献がどこにどの程度あったのか、事実による検証がない。

 また日本の戦後民主主義に、共産党の果たした役割は認めるが、共産党だけが果たしたわけではない。一定の知識層や、民衆をも含む日本社会全体に、民主主義を歓迎し受け入れる下地がすでにあったのである。つまり日本はすでに資本主義のその段階に到達していたのであって、ただ天皇制政府によってそれを抑圧されていただけだったのだ。歴史評価は社会全体に目配りせねばならないだろう。

「資本主義の全般的危機」説を捨てたというのも、94年にも04年にも書かれていたが、この言葉の背景にソ連中心主義があったというのは共産党の都合であって、日本語の印象としては、最近共産党が言う「資本主義の限界」となんら変わらない。04年はバブル崩壊前夜であるから、資本主義が危機にあるというのは納得させ難かった、いまでは共産主義者でなくても資本主義の危機を感じているが、捨てた言葉は使えないから限界と言い換えたということなのか。
 ぼくは資本主義が限界だとは思っていないが、いまのままの資本主義では、世界はひどくなる一方だという意味では確かに限界でもあるのだろう。(そして、危機でもあるのだ)。
 だが、それはともかく、言葉に自分勝手な意味を与えてしまうのは共産主義者の悪い癖だと思う。
 日本語に日本社会で通用しない意味を勝手に与えないでほしい。「強力」などその最たるものだろう。
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