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高橋篤子「二つの塑像」(民主文学9月号)

 北海道の話。短いがかなり入り組んだ設定である。
 智子は46才、鉄の町M市(室蘭)で生まれ、高卒までそこで暮らした。いまは紙の町T市(苫小牧)にいる。その地のクレーン運転士だった夫は10年前に交通事故で死んだ。智子はいろんな仕事をして一人息子を育てたが、新聞の集金の仕事と図書館の掃除の仕事とはずっと続けている。時間の融通が利くからだ。
 息子雄人は去年大学へ入って海を渡った。電子情報工学部でロボットの勉強をしている。奨学金を二本使っている。
 78才の父は定年後母とともに故郷の十勝へ帰った。
 M市で小学六年の時、真美という同級生と親しくなった。彼らは授業でお互いの顔を粘土で作り交換した。その一年前、真美の母親は自殺している。夫が別の家庭を作ったという噂だった。その夫、本田は当時46才、30代半ばで一年間原発労働に従事し、その後原発に人夫を送り込む仕事を始めた。その金で本田はM市に家を建てたが、やがて家に寄り付かなくなり、妻を自殺に追い込み、何があったのか家も手放す羽目になって、真美を連れてT市の公営住宅に移住する。50代半ばまでの20年間、人夫貸し稼業で暮らす。その間高校を卒業した真美は家を出る。
 いま80才の本田はキノコハウスの菌床管理というかなりの重労働をしている。真美は沖縄で家庭を持ち美容院をやっている。
 話は智子が集金先で本田と知り合い、その家(公営住宅)で自分の作った真美の顔と遭遇して本田一家の34年間に思いをはせるという趣向である。
 凝りに凝った設定だが、設定自体はよく練られており決して悪くない。構想力を持った作家である。文章も落着いた文体で書き慣れている。ただその落着いた文体が凝った構想と必ずしもマッチしていない。
 智子と本田との偶然の出会いがキーになっている。偶然を小説に持ち込むのは難しい。思いがけぬ偶然というのは実際にあるし、小説で効果を狙うのも手法なのだが、ややもすると作為が目立ってしまう。
 粘土の顔との遭遇が偶然を知らしめることになるのだが、ここがこの小説でいちばん大事な、いちばん難しい場面である。ここで読者に衝撃を与えないと、作者の意図が見え見えになってしまう。読者をびっくりさせることで意図を隠蔽せねばならないのだ。それが作者の創りあげたものではなく、バーチャルな現実のなかに実際に起こったかのように読者に錯覚させねばならない。
 そのためにはたぶん粘土の顔をもっと早い時点で登場させて(智子の記憶のなかに)、伏線を張っておく方が効果的だったのではないかと思われる。
 この小説の構想を生かすのに自然主義流の文体では無理である。それは設定の描出法についても言える。
 評の冒頭、設定の説明を長々とやったが、実はこの設定は読者には隠されており、徐々に明らかになる仕組みになっている。それはよい。複雑な設定を理解するのはかなり難しいが、それも悪くはない。ただやはり工夫が足らない。隠された設定が徐々に明らかになっていく過程に、何かもっと鮮明なものが欲しいのだ。
 本田が人夫貸し稼業であぶく銭を手にして、家を建て、女を囲い、何に散財したか、妻の自殺後家を手放さねばならなくなった。そののちも人夫貸し稼業は続けているが、公営住宅住まいである。そこになにがあったのか作者は一切語ろうとしない。そういう手法もあり得るだろう。だがそれを知りえない読者のもどかしさに対して、フォローするような描きかたは必要だった。
 内容に一切触れずに創作手法だけを問題にして恐縮だが、こういうテーマの場合、それが読者を納得させるものとなっているかどうかがポイントだと思うので、こういう評になった。
 最後にもう一点。具体的に地名が出てくるのは北海道と十勝だけで、肝心の町はT市とM市である。苫小牧と室蘭と具体的に書いた方がイメージを結びやすかった。さらに本田が人夫を送り込んだ原発がどこなのか、泊なのか、それとも全国いたるところであったのか(たぶん後者だろうが)、T市が労働者の町で人夫を集めやすいというのは書かれていたが、この事業の内容にもう少し踏み込んでほしかった。
 もう一点だけ。80才といっても人によってさまざまだが、本田の人となりを描く中で、80才らしさを感じさせる描写がもっと必要だろう。この作品の主人公はどちらかといえば本田なのだから、そのイメージを読者に印象づけねばならない。智子も46才には見えなかった。もっといっているように見えた。
 再度確認していま気が付いたが、年齢の計算が合わない。智子と真美が、小学6年(12才)で別れてから34年(54ページ)とあるが、真美が18才で家を出てから26年(51ページ)になっている。34年前に12才なら、26年前は20才でなければならない。
 さらに、「人集め稼業を辞めてから入ったという今の仕事」(52ページ)がキノコハウスだとすれば、キノコハウスですでに25年働いていることになるが、「出稼ぎで繋いできた」(51ページ)と矛盾する。人集め稼業は30代半ばからの20年間ではないのか。あるいは「辞めてから入った」は辞めてすぐ入ったという意味ではないのか。
 こういう矛盾は困るのである。
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