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内田樹から、吉良よし子を考える

 23日付朝日の「オピニオン」で、内田樹が今回の選挙結果に対して悲観的な文章を書いている。
 要点は以下のごとし。
「統一性の高い3党が勝ち、分裂気味の他党が負けた。国民が決められない政治を嫌い、内容を問わずに、行け進めを選んだ。国民がせっかちになり、民主主義に懐疑的になった」(筆者による要約)
 たしかに、自民党は小選挙区と政党交付金以来、派閥と長老の力が衰え、執行部の権力が強くなった。公明党と共産党とはもともとそうである。
 では、民主、維新、みんなという分裂気味の政党が勝てばよかったのかということになるが、内田樹の真意がそこにあるわけではあるまい。
 国民の選んだ3党がたまたま統一性の高い政党であったこと、そこに示される民意の傾向に対して懸念を表明しているのである。
 ここには考えてみるべき問題がある。
 今回好調だった共産党が、「それ見ろ、民主集中制の党しか生き残れないのだ」と考えるとしたら、内田樹の懸念が当たってしまうことになる。
 共産党に投票した有権者一人一人の投票にいたる心理を分析するということはできない。したがって以下に書くのは、ぼくの希望的観測、というか、こういうことも考えられるんじゃないか、という提起である。
 吉良よし子である。
 もちろん今回票を集めたのが、彼女一人ではないことは分かっている。京都も大阪も勝ち、神奈川も惜しいところまで行き、全国的に票が入った。そのすべてを見ていくことはできないので、ここでは最も特徴的だった吉良よし子のケースを考える。
 彼女は美人でもあったが、その演説も素晴らしかった。
 だが、You Tubeで公開された演説映像をいくつか拾ってみると、最初からうまかったわけではない。初期のものは表情もかたく、党の原稿丸暗記に見えた。つまりおなじみの決まり文句が続出する。「これをやってきたのは共産党だけ。これをやれるのは共産党だけ」
 こんな演説を聞かされたら誰だってうんざりする。(かたい支持者は喜ぶのかもしれないが、彼ら相手に演説しても意味がないだろう)。
 これは共産党の自己宣伝である。そんなもの誰も聞きたくない。市民が聞きたがっているのは次のようなことだ。
「あなたはどういう人なの。何をどう考えているの。それをどうしようというの。覚悟があるの」
 有権者は候補者の生の声を聞きたいのだ。
 そして演説を重ねる中で、吉良よし子は共産党の宣伝をやめて、自分自身の考えを自分自身の言葉で語りはじめたのである。
「わたしはワタミが憎い。これを国会で追及したい。そのために国会へ行きたい。どうかわたしに投票してください」
 この言葉が人々の心に落ちたとぼくは信じる。
 これがアーノルド・ウェスカー言うところの、「われわれのいのちをふるい立たせる」言葉だった。
 もちろん、彼女の演説の場に居合わせた人は限られているし、You Tubeの視聴回数だって、(当選後跳ね上がったが)投票日まではたかだか、3千かそこらに過ぎなかった。
 今回東京は15万票増やした。鈴木寛との差も15万票だ。これがすべて彼女の演説の効果だとは言わない。
 しかしこの演説を目にし、耳にした人々の影響がまわりまわってどこまで広がったか、確かなことを言える人は誰もいない。その影響は決して小さくはなかったろうとぼくは考える。
 従来、共産党は候補者個人が表に出ることを嫌う。昔、宮本顕治は、ある所属議員の発言に対して、「役者がセリフを間違えた」と言った。党幹部にとって議員は役者にすぎない。議員も候補者も党の筋書き通りに動くことを要求される。島根で中林よしこが人気を博し、後援会が「なかよし会」を名乗ったとき、党中央はこれをやめさせ、「日本共産党後援会」と改めさせた。
 こういうことが党の議員や候補者から有権者を遠ざけるのだ。有権者が投票したいのは実体のある生身の人間に対してであって、抽象的な党に対してではない。
 しかし、今回、党は吉良よし子の邪魔をしなかった。それが党の筋書きであったのか、吉良よし子の個性であったのかは分からないが、我々はそれを彼女個人の言葉として聞くことができた。
 我々は共産党に新しい才能が誕生したのを目撃し、党がその邪魔をしなかったことを目撃した。ここに、ぼくは希望を感じる。
 この点において、ぼくは内田樹と見解を異にする。相も変らぬ共産党が勝ったのではない。統一性の高い共産党が勝ったのではない。少し毛色の変わった共産党が出てきて、それが世の中を動かしたのである。
 ぼくの見解は間違っているかもしれない。しかし、そう考えることによって、その考えに沿って今後を考えていくことによって、それのみによって、選挙の度に上がったり下がったりする相も変らぬ共産党から脱出する道が開けてくる。それ以外に道はない。ぼくはそう考える。
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