FC2ブログ

プロフィール

まがねとおる

Author:まがねとおる
無名人
新潟の同姓同名はまったくの他人
以上

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

FC2カウンター

カテゴリ

リンク

RSS

三富建一郎「引き継ぐべきもの」(21年度民主文学新人賞佳作)

 タイトルがよくない。小説のタイトルではない。これではだれも読みたいと思わない。しかし、思わなくても読んでみるべきだ。これはすごい小説である。「民主文学」の誌上でこういう作品にめぐりあえることはめったにない。
 新人賞はかなり前に読んだのだが、面白くなかったので、忙しさもあって、佳作にはなかなか手が伸びなかった。一段落してまず、「バルハシ湖」を読んだ。新人賞よりはずっと良かった。最後に当作品を読み始めて、がぜん引き込まれた。息もつかせず読んだ。
 三組の夫婦が出てくる。語り手ともいうべき位置にいる日本人信二は五十代。そのドイツ人の妻クラウディアの年頃がどこかに書いてあったか、いま思い出せないが、娘、カリンは十一歳だ。シーボルト記念博物館の館長インゴは40代の太鼓腹の男で、信二は長く付き合っている。その家の夕食に招かれた席で、シュパーゲル夫妻を紹介される。シュパーゲル氏はすでに相当な年だが、その二度目の妻は日本人静江で、信二と同年配だ。この静江が、事実上の主人公である。
 この夕食会は少しちぐはぐに始まる。客を迎えたインゴとアナスタジア夫妻はカジュアルな服装で、旅先の信二たちもそうなのだが、シュパーゲル氏は正装で、静江も真珠の耳飾りに胸の開いたイヴニングドレスで現れる。日本通のインゴがシーボルトと日本のかかわりについて弁じたあと、黙って聞いていた静江がいきなり、シーボルト批判を始める。服装は優雅だが、短髪であごのしゃくれた日本女は、赤ワインをぐいぐい飲みながら、皮肉な口調でシーボルトをあざける。そのドイツ語はしっかりしていて、ドイツ語に自信のある信二も、押され気味だ。軽い冗談で受け流そうとしても、静江はそれをまったく無視してしまう。
 全編がこういう調子なのである。<彼は自分の気楽な世界を珍重しており、残酷で無理なものは元々好まなかった>という信二とは対照的に、静江は激しい性分で、場所柄もわきまえずに自説を主張する。<何て我の強い女だ>と辟易しながらも、彼女は信二に強い印象を残す。
 男女差別の問題から始まるが、話はだんだんナチスの犯罪、そして日本の南京における犯罪へと繋がっていく。
 静江によって点けられた火はクラウディアにも伝染して、信二は彼女から、<日本人旅行者はアウシュビッツまで行って一生懸命見学しているけど、あなたたちはどうだったのよ。朝鮮人の強制労働はどうだったのよ。中国の占領地域ではどうだったのよ>と責め立てられる。
 余談だが、福山にもキリスト教会が運営するアンネ・フランク記念館がある。無料だが、訪れる価値のある施設である。そこに、杉原千畝のことは詳しく紹介している。けれども、南京事件のことには一言も触れていない。これはどう見ても片手落ちだろう。ドイツ人の犯罪について語るときに、千畝の功績を紹介しながら、同じ時期に日本人が犯した同じような犯罪に一言も触れていないのだ。
 日本文化にも詳しいドイツ女クラウディアが信二を責めたことにも理があるというべきだろう。
 最後に静江はジョン・ラーベというドイツ人を紹介する。ジーメンス社の南京支店長だった彼はナチス党員でもあったが、南京事件に遭遇して中国人を保護したと言われている人物、いわば南京の千畝である。

 さて、この小説は、その扱っている材料、構成、ストーリー展開、人物の造形と描写、文章力、表現力、そのすべてにおいて、傑出している。とても新人賞程度のレベルではない。すでにプロ級の作品である。
 かろうじて佳作となったが、なぜかくも評価が低いのか。信二の描き方が物足りないという評も読んだ。ではどう描けというのか。信二が静江と一緒になって先鋭な主張をしたり、あるいは分かったような態度をとるなら、作品は台無しである。そんな予定調和的なものを読者は読みたくない。静江が先鋭であればあるほど、信二が普通の日本人であること、我々と同じレベルの人間であること、それによってこの作品は成り立っているのだ。だからこそ、訴える力を持っているのである。
 今回かろうじて、ともかくもこの作品が「民主文学」誌によって日の目を見た。何はともあれさいわいとして、読者諸君にぜひ読んでいただきたい。
 でもタイトルは変えなきゃね。
関連記事
トラックバック
トラックバック送信先 :
コメント
▼このエントリーにコメントを残す