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朱戸アオ「リウーを待ちながら」講談社コミックス全3巻2017~2018年

 このタイトルでピンとくる人はカミュのファンだ。もちろん、「ペスト」の主人公医師リウーである。そしてこのタイトルは、(じつは読めてないが)サミュエル・ベケットの「ゴドーを待ちながら」を踏まえているのだろう。
 コロナの直前に、コロナを予言したかのように現れた漫画作品。
 富士の裾野の小さな市に、ペストが襲いかかる。そこからの展開はカミュの「ペスト」をなぞるように進んでいく。随所に「ペスト」の名言が引用されてカミュファンの心に響く。
「ある町を知るのに手頃な一つの方法は、人々がそこでいかに働き、いかに愛し、いかに死ぬかを調べることである」
「彼らは自ら自由であると信じていた」「天災というものがあるかぎり、何びとも決して自由ではありえないのである」
「市民たちは事の成行きに甘んじて歩調を合わせ、自ら適応していった」
「絶望に慣れることは絶望そのものよりもさらに悪いのである」
「ペストと戦う唯一の方法は、誠実さということです」
「敗北はずっとしてるわ、そうでしょ? でも、敗北できてるだけいいのかも。戦わなきゃ負けられないものね」これは漫画の主人公のセリフだが、いかにもカミュ的だ。
 市は封鎖され、外に出ることはできない。禁を犯して出ようとする者、それを手引きする組織、絶望のなかからボランティアを名乗り出る者、「ペストは平等だからね。ペストは区別しない。私はペストが大好きだよ」とうそぶく者。すべてカミュの描いた人間たちでもある。
 だが、現実世界では、都市封鎖は実行されなかった。
 1665年、ロンドンを襲ったペストでも、都市封鎖はしていない。金持ちは素早く逃げ出し、感染者が出ると、その家ごと封鎖された。外から鍵を掛けられ、監視人が付いた。あとから逃げ出した人々は、もはやどの町にも入れてもらえなかった。事実上の封鎖だったか。
 この作品では、発生したのが小さな市だったので封鎖が可能だったとも言える。現実のコロナは、どんな対策をとる間もないうちに方々へ拡散してしまった。
 だが、カミュが書かなかったことで現実のコロナには起こったようなことも、この漫画は予言的に書いている。例えば、感染を防ぐために距離をあけて並ぶといったこと、あるいはオンライン授業とか、まさに我々が経験したことだ。それを経験しないうちに書いている。感染地から来た人が、理不尽な攻撃を受けるとか、これはカミュの「ペスト」にはなかったが、デフォーの「ペスト」にあった。我々の現実にもあった。濃厚接触者(いまや日常的に耳にする言葉だ)を自宅に閉じ込めて、食料配達のシステムを作り上げる。現実にはそういうシステムは作られなかった。
 病院が間に合わないので、テント村を作る。たしかカミュの「ペスト」ではサッカースタジアムのようなところに臨時の施設を作らなかったか。中国では短時日で野戦病院のようなものを作り上げた。日本では、1年間の猶予があったのに、何の対策も打たないまま来て、いま医療崩壊を迎えている。漫画にさえ負けている。
 意図的に変えている部分もある。カミュの「ペスト」では腺ペストだったが、この漫画のは肺ペストである。最初、どうもペストの描き方が違うなと思ったら、種類の違うペストだったのだ。専門書をよく読み、専門家からの助言を受けて書いているので、感染経路とか、詳しく説明される。封鎖された市に取り残された少女は、ライン上でクラスメイトからさえばい菌扱いされ、「自分は悪くない。持ち込んだ人が悪い」と発言する。それに対して、中心人物の一人が「そんな単純な話じゃない」と筋道立てて説明する。病原菌はいたるところにいて、人も物も国境を越えて移動している以上、それはむしろ普通のことなのだ、だれを責めることもできない。
 作者がカミュに沿って話を進めているのがわかるので、終わり近くなると、だれが生き残り、だれが死ぬかが予測できるようになり、案の定そのとおりになった。しかし、これはむしろそうなるべき話だったから、納得する。カミュの「ペスト」では副主人公のタルーが死んだのだから、この漫画でも、それにあたる人物が物語のはじめで死を運命づけられている。

 作者については、ネットでもよくわからない。「赤と青」というふざけた名前を名乗るようなセンスの人物なのだろう。
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