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「民主文学」21年5月号

杉山まさし「遺句稜線」
 自ブログ内を検索すると、この人とはずっと前に少し言葉の行き違いがあったようだ。そのときもぼくは作品をほめているのだが、冒頭の1ページをまるまる要らないと書いたことが上から目線だと言われた。下から目線の批評なんてないだろう。
(ちなみに、その当時にいただいたコメントがすべて消えているが、これはとんでもなく長いコメントを寄せて来る人がいて、コメント欄がわけがわからなくなったので、いったんすべて消去したのである)
 今回作も面白く読んだ。ただし、どういう目線にせよ、不満はある。息子が父親を語る構成なのだが、行きつ戻りつして、小説の各シーンの時と場所とを感じとりにくい。作品をシーンとしてではなく、息子の心象風景として書いている。この息子が、いま、どの時点とどの場所に立っているのかということは、この作者にはたぶんどうでもよいことなのだ。と、割り切って読めば、そういうタイプの小説なのだ、と納得できなくもない。最後のお寺のシーンだけは、臨場感がある。息子と住職との対話の場面だからだ。
 作者が書こうとしているのは、1965年ころに生まれた、戦争を知らない子どもたちよりももうひとまわり下の世代、いわばベトナム戦争さえ知らない世代が、30年代、40年代の戦争の時代の記憶をどう伝承するかという問題なのだろう。記憶の伝承ということだ。そう思って読めば、必然的にあいまいであるしかない記憶と、それに直面しての納得しきれない精神のありようにとって、ふさわしい表現方法とも思えてくる。

高橋篤子「ペトトル川」
 この人の作品については、このブログで何回も書いている。それを読み直すとある程度作品を思い出す。思い出してみると、この人は小説づくりの名手だということがわかる。主人公の設定がそのつど異なる。どの主人公が作者の実像に近いのか、まったく判断させない。しかも文章が飾らない、力まない、自然体で、エッセーのようにも読めるから、読者は騙されてしまう。かなりしたたかな書き手だ。
 アイヌ問題に詳しい人だが、今回はそこに朝鮮問題が重なる。その複雑に絡み合った世界を、確かに、したたかに描きあげている。
 この人の「民主文学」連載小説を、読むつもりでいて結局読めなかった。それを心残りにしている。

寺田美智子「深紅のバラ」
 この人は勘弁してもらいたい。部分核停問題を一方の側からだけ書いたのでは小説ではないだろう。現実というものはもっと複雑なはずだ。

河野一郎「夏雲の下で」
 1958年の小学5年生の夏休み。器用な作品ではないが、淡々とした筆で時代の雰囲気を描き出した好編。ぼくと同年配と思われるが、ぼくには少年時代の記憶をたどることは難しい。豊かな思い出を持って育った人たちがうらやましい。

草薙秀一「梁貴子との青春」
 楽しく読んだ。聡明で勝気な在日朝鮮人の女の子と、ちょっとだらしないが、やさしく思慮深い男の子との対比が面白かった。
 この人もぼくとほぼ同年配で、書かれている時代は1960年代後半である。舞台は大阪だが、隣の京都では松山猛がイムジン河と出会うころだ。
 ぼく自身そういう付き合いがあったわけではないが、似た地域の似た年代の話なので、共感するものがあった。
 疑問もある。冒頭とラストに現代が置かれているのだが、これは必要なのか。
 どちらかというと主人公は梁貴子であり、彼女に振り回されている男の子は、添え役的に描かれている。もちろん、「ああ、あんな時代があったな、あんな女の子との思い出があったな」と振り返る場面はあっていい。しかし、それが男の子の現代に強い影響を与えているということを書きたいのなら、もっと違う書き方があるし、この場合、そこまで書いてはいないのだから、むしろ過去を過去として描くことに徹したほうが良かったのではないか。
 特に冒頭のヘイトの場面は、そういうひどい言葉が発せられているということはみんな知っているし、強いて文字にする必要があっただろうか。
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コメント
198:新人賞 by 石崎徹 on 2021/05/17 at 13:34:36

 期待外れでしたか。まだ読めてないのですが、いいところを探すようにして読んでみます。

197: by 民文一読者 on 2021/05/16 at 23:06:28

新人賞をそれなりに期待して読んでみたが・・・
3作とも回りくどい小説で「物語」というよりも「解説」のように感じたのを覚えています。
夫婦喧嘩は犬も食わないというし、DVに尊属殺人など常に報道され、内実は誰も気づかないともいえるだろうか。
私小説?と民主文学の「スケール」の違いを感じただけでした。
一般の読者は余程、感動しないと2度3度とは読まないだろうから何とも言えないです。

196:民文一読者さんへ by 石崎徹 on 2021/05/16 at 16:33:11

 どうもありがとう。やはりこの作品が印象的ですね。
 4月号はどうでしたか。
 6月号がまだ読めないのだけど。

195: by 民文一読者 on 2021/05/15 at 12:09:59

5作を読んだが、今、印象として覚えているのは「梁貴子との青春」だけです。
小説は読後感が必須といえるかもしれない。
一般的には「おもしろい」ということかもしれないが・・・
氏の言うように「現代」は不要かもしれない。その時代の政治や特徴的な出来事の背景などを「会話」などで一行、添えるだけでもいいような気がしたものです。

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