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追悼 旭爪あかね

 さまざまなことが重なって「民主文学」を読めなかった。まだ4月号が1頁も読めていないが、先に5月号を少し読んだ。
 旭爪あかね追悼号である。1966年生まれ。2020年死去。54歳。
 死の数か月前に発表された絶筆「近況と雑感」、谷本論による作品論、数名の追悼文のほかに、吉開那津子が「世界の色をつかまえに」の成立過程を詳しく書いている。たいへん惹かれる内容なので紹介する。
 旭爪は、この作品の前、1997年、30歳のとき、「冷たい夏」という作品で第2回民主文学新人賞をとっている。そのあと、吉開那津子が担当した創作専科に参加した旭爪あかねは、その最終日に50枚の作品を持って来た。前半だけで中断していて、しかも決して上手ではなかったが、内容が興味深いものだった。そこで吉開は、1ヶ月後もう1回みんなで集まろう、旭爪はそれまでに後半を書きあげて持ってくること、という提案をした。1ヶ月後全員が集まった。旭爪も書きあげて持って来た。それを読んで皆がっかりした。前半の良さが消えていた。吉開は助言を与えた上で、書き直して編集委員に読んでもらうようにすすめた。3か月後、旭爪からの電話で、作品が180枚になってしまい、編集委員から、そんな長いものは載せられないと言われたという。しかも彼女の気持ちでは180枚でもまだ書き足りないのだと。吉開は、長さを気にせず、納得するまで書きなさいと助言した。6ヶ月後、編集長の森与志男が、旭爪が素晴らしい作品を持って来たが、350枚ある。分載したくない。一挙掲載したいと言って常任幹事会の許可を求めた。作品を読んでいない土井大助が賛成したのがきっかけで、掲載が決まった。作品は大反響を呼んだが、疑問や批判もたくさん寄せられた。森与志男によると、文学の批評とは言えないような批判まであった。そこで森の求めに応じて、吉開が40枚の作品論を書いた。旭爪作品を熱烈に支持する内容だったが、これにも共感が寄せられた。
 という経過だったという。
 これはもう、なんとしても「世界の色をつかまえに」を手に入れて読まないわけにはいかない。
 ぼくは「稲の旋律」だけしか読んでいない。中国地区研究集会の講師に彼女を呼んだので、評判になっている「稲の旋律」だけは読んでおかねばと思って買い求めた。内容が素晴らしかったので、周辺にすすめ、妻も娘も娘の夫も読んだ。それで、研究集会冒頭の彼女の講演に、みんな来てくれた。
 倉敷駅での出迎えにぼくが行ったが、顔を知らないので、「民主文学」を持って行って改札で掲げて待った。思いがけない美人だったので驚いた。美人で、やさしい女性だ。少し心遣いしすぎるような印象がちょっと心配させた。
 その前にぼくはブログに「稲の旋律」論を書いており、彼女は、それだけは読んでおけと言われて読んできたと言った。「まがね」のぼくの作品は研究対象ではなかったが、それも読んでくれており、機会をつかまえて感想を言ってくれた。村上春樹から影響を受けたかと聞かれ、じつはこれを書いたのはずっと昔の若いときで、まだ春樹は読んでなかったと答えた。旭爪は、若いときの作品と聞いて安心した、と言って笑った。たぶん、高齢者が書いたにしては作品が若すぎると思ったのだろう。
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