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「党生活者」のこと

「流木通信」の記事に触発されて、「民主文学」3月号の評論を読んでみた。
 久野通広「手塚英孝と小林多喜二」である。
「民主文学」の評論はほとんどプロレタリア作家が対象で、ぼくはプロレタリア小説を読んでないから、論を読んでもわからないから読まないのだが、多喜二だけは多少読んでいる。
 評論は多喜二全集を編むことにほとんど全生涯を賭けた手塚英孝の功績を書いている。多喜二の作品は発表されたものも検閲による伏字でズタズタにされ、草稿の失われたものが多く、それを探し出して復元するのは大変な作業であった。弾圧のうえに、空襲で焼けてしまったものもある。敗戦後の貧しい生活の中で、手塚は自らも作家でありながら、いつしか引きこまれて、結局、この困難な仕事に全人生をささげる。こういう生き方もあるのか、と感じさせられるところがあった。
 それがひとつ。
 もうひとつは「党生活者」をめぐる問題である。平野謙が敗戦直後の「政治と文学」のなかで「笠原」の描き方を問題にした。これについて多喜二の私生活にも詳しかった手塚が、綿密な検証をもとに、平野謙は小説を現実と混同しているのであって、実際はそうではなかったということを明らかにした。
 久野通広が書いているのはそこまでだが、「流木通信」は、平野謙の、「わが戦後文学史」を引き合いに出し、平野が自分の過ちを認め、「それにしても問題は残る」と書いているのを紹介している。
 笠原問題については、ぼくにも複雑な思いがあり、過去にこのブログでも取り上げた。(13年2月)。いま、「党生活者」を読み直していないので、断言的なことは言えないのだが、久野が書いているなかで注目したのは、「党生活者」は前編であった、後編が予定されていたが、作者が殺されてしまったので書けなかった、と明かしている点である。
 その後編がどう書かれる予定であったか、いまとなっては誰にもわからないのがとても残念で、官憲の野蛮人ぶりにいまさらながら腹が立つが、それでなんとなく腑に落ちるようなところがある。
 ぼくの記憶では。
 その前に念のために書くが、多喜二が現実生活で同棲していた「伊藤ふじ子」と、「党生活者」の作中人物「伊藤ヨシ」とは全く無関係である。「伊藤ふじ子」がモデルであるかどうかが問題になっているのは「笠原」であって、「伊藤ヨシ」ではない。久野が引用している平野の「政治と文学」中の文章<「伊藤」という女性とのみよがしな対比のもとに>の「伊藤」は「伊藤ヨシ」であって、「伊藤ふじ子」ではない。
 さてそれで、ぼくの記憶では、「笠原」がタイピストを首になってまで、この官憲に追われる若い共産党員をかくまい経済的な面倒までみたのに、当の本人の謝意は十分でなく、「女郎にでもなります」とまで言わせてしまう。一方で、この主人公は、彼が潜伏活動する工場の女工であり、生き生きとした女性党員であるところの「伊藤ヨシ」に明らかに惹かれている。
 平野謙が「これみよがしな」と書いているとおり、作者はわざと「これ見よがしに」書いているように思われる節がある。
 ここで作者は若い党員の若さゆえの人間的な未熟さ、その浮気性の部分を表現したかったのではないか。「笠原」に対する主人公の冷たい態度は、あからさまに書かれており、計算ずくであるように見える。
 こういったことが、「党生活者」は前編であった、後編があったのに殺されたので書けなかったのだ、と明かされると、なんとなく腑に落ちるような気がするのである。
 ちなみに、後編があるとは知らなかった。あるいは解説で読んだのかもしれないが、いままで頭になかった。
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155: by 石崎 徹 on 2020/05/10 at 21:37:11 (コメント編集)

 いずれにせよ、関連の資料をしっかり読み込んでみないと、責任ある発言は不可能です。まず何か一つ読んで論じてみられたらどうでしょう。それに対する反応が返ってきたら、もう一歩前に進めることができます。ぼくは日本文学を読んでいないので、いまのところ、何とも言えません。

154:ついでに by 木沼駿一郎 on 2020/05/10 at 15:36:56

女性の取扱いかたをみよ。目的のために手段をえらばぬ人間蔑視が「伊藤」という女性のみよがしな対比のもとに、運動の名において平然と肯定れている) (「政治と文学」(二)との攻撃をしてきた。
「攻撃してきた」という、いまだにこういうことをいうかと、民主文学には、がっかりしています。被害意識というか……。

153:木沼さんへ by 石崎 徹 on 2020/05/05 at 18:32:54 (コメント編集)

 面白そうですね。ぼくは日本文学の評論はまったく読んでいないのです。期待しています。

152:党生活者の後編 by 木沼駿一郎 on 2020/05/05 at 13:06:57

 石崎さん、「党生活者」の後編はありません。最後に「前編」終わりと書いてあるだけです。
 私が問題にしたいのは、「暴論」であるときめつけてしまって、私が引用した平野謙の文書に意図的に触れていないことです。党生活者に触れた評論はたくさんあって、樹宴の次号に書こうと思っています。多分、民文の評論家のみなさんとは、違っているとは思います。

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