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北原耕也「陸のカモメ」(「民主文学」20年5月)

 最後に当たり籤が残っていた。これは名作だ。よい作品については何も言いたくないという気持ちになる。言葉にすると感動が逃げていくような気がする。じっと味わいたい作品である。
 でも、それだけで済ますわけにはいかないので、少しだけ書く。
 単純に字数を400で割ると50枚くらいの作品であろうか。年代設定は東北の津波から8年、2019年、現在である。主人公秋芳は「大学に進んだおかげでバブル崩壊に遭遇し定職から見放されて最後はホームレス状態」とあるので、社会に出たのが95年ころとすると、72~3年ころの生まれ、現在40代後半といったところか。
 若いころ下北半島の建設現場にいた。あとでこれが原発建設だったことが明かされる。下北には原発が多いが、東通村の東北電力の原発が、98年に着工している。
 ここで幾人もの労働者と知り合うが、そのなかの一人、井生(いお)と特に親しくなった。岩手の鮨屋の息子で、修業に出たさきの料理屋で喧嘩して追い出され、流れてきた。喧嘩っ早い孤独好きのライダーであった。二年で二人とも東京に戻ったが、それぞれ職場は違っても交流が続いていた。やがて井生は岩手に帰って家業を継ぐ。ところが11年の津波のとき、なぜか鮨屋の仕込みの時刻に一人オートバイで出て行って、行方不明になり、オートバイだけが見つかった。
 それから秋芳は古い軽のキッチンカ―をキャンピングカーに改造して、岩手への巡礼を始めた。親友の残した妻を慰めるためであったが、いつか、それは彼女への恋心に進んでいる。でも、死んだ友への義理立てから、それ以上には踏み出せない。井生の両親はすでに亡く、高校三年生になった息子が秋芳に警戒心を持っている。女は店を料理屋として再建したが、すでに立ちゆかない。彼女の店だけではない。どこも同じ、復興は幻だったのだ。疲労の色濃く、閉店を決めている。秋芳は何とかしてやりたいがどうしようもない。
 その帰途、秋芳は福島の浪江、富岡近辺の避難指示解除地区で車中泊をし、寝る前に食堂へ行って、常連客の会話に耳を傾ける。
 ざっと、そんなストーリーだが、これはストーリーを追う小説ではない。叙述を味わう小説だ。
 三人称で書いている。だが、視点は秋芳から揺るがない。描いているのは、東北の風景であり、東北の巷の人々だ。その光景は秋芳の目が見たものであり、その空気は秋芳の肌が感じたものであり、その声は秋芳の耳が聞いたものだ。作者は秋芳自身のことはほとんど何も書かない。秋芳の見たもの、感じたもの、聞いたものを書いている。それによって、秋芳の具体的な人生はほとんどわからないながらも、その秋芳という人物のものの見方、感じ方を、読者は感得し、秋芳と一緒になってその現場に立ち会うような気分がする。
 これこそがぼくの読みたい小説だ。
 いま、ネット検索してみて、やはりそうだったかと納得いった。この人は43年生まれのプロの作家だ。どおりで、文章力、構想力、叙述法、人物の描き方、どこにもスキがない。圧倒的に力の差を感じる。
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