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高橋篤子「ガレ場の蝶」(「民主文学」20年5月)

 これは文章巧者の作品である。民主文学はだいたい高齢の女性に文章の達者な人が多い。男はどちらかというとぎこちない。
 流れるような文章で、つまずくようなところがない。長年書き込んで身についているのだろう。
 その人が少し突飛な構想で書いた。主人公は33歳の女性なのだが、それを高齢男性の視点で書いている。
 なぜそういう視点でなければならないのか、その理由がわからない。
 というのは、この視点がかなり揺らいでいるからだ。
 勇人という老人が、癌から生還したところから始まる。その入院していた病院からの帰途(札幌駅から千歳駅に着き、その乗り換え電車の中)、「しずく」という女性からメールが入り、駅に迎えが行っていると伝える。この「しずく」は勇人の小学校教師時代の教え子だ。
 ここから話は入院前の過去に舞い戻る。「しずく」との再会に始まって、「しずく」との交流の場面がずっと続く。33歳の「しずく」のそれまでの遍歴を駆け足で書きながら、主に書いているのは、勇人の癌発症以前の、二人の再会から始まる交流である。途中まではつまずかずに読んだ。離婚の経過から引きこもりがちになっている「しずく」を犬の散歩に誘い出すところから、彼女がパートで働き始めるあたりまで、勇人の目から見た「しずく」に、難はなかった。
 ところがそこから登山の話が延々と続く。作者の文章には確かにつまずかなかったが、この構想につまずいた。いったいこれはなんの話なんだろう。ここから視点が怪しくなってしまうのだ。勇人はときどき名前は出てくるが、この登山のシーンでは存在感がない。一緒に登っているのだが、幽霊のように姿を消している。この山の風景や、メンバーの動きを誰が見ているのかが不明である。ここでは作者がもろに顔を出している。女性の作者がメンバーのなかにいて、こっそりすべてを観察しているように見える。良子という高齢の女性がメンバーのなかにいる。この女性が作者であるように思えてしまう。
 メンバーのなかに作者本人がいても別に構わないのだが、視点人物がわからなくなってしまっては、作品は分裂してしまう。「ガレ場の蝶」を出してくるためにこの登山は必要だったのだろうが、それ以外にこの登山はいったいなんのためにこんなに詳しく書かれたのか。長編小説ならこういうこともありだろうが、短編のなかでのこの登山はあまりに長すぎる。
 そして登山の後、唐突に「しずく」の若年癌発症である。このあたりで、物語の主役は完全に「しずく」一人になってしまう。こうなってしまうと、勇人の癌はいかにも余分である。癌が二つもあっては、短編小説としては完全に空中分解してしまう。登山の前までは、勇人と「しずく」の交流として読めた。だが、「しずく」が癌になってしまうと、ストーリーの主軸がこちらに移動せざるを得ない。勇人はもはや語り手としての意味しか持たなくなる。勇人の個人生活には意味がなくなる。なくならなければならないのだ。そうでなければ作品の統一は保てない。
 登山後の秋に「しずく」の癌は始まり、一年経って、翌年の秋に勇人が入院する。この一年は「しずく」の、絶望的な症状に進んでいく過程だが、ここでも勇人は存在感がない。この一年のことはほとんど書かれない。ほとんどというか、まったく書いてない。【勇人は何度も見舞った。(中略)励ます言葉を見つけることができなかった】で、一年があっという間に経ってしまう。
 そこで過去の記述が終わり、勇人の退院のシーンに戻ってくる。そこからネズミ騒動などがあって、まだまだ話は続くのだが、こうなってしまうと、これらのエピソードのうち、どれがこの作品に欠くべからざるものなのだろうかという疑問がわく。
 過去を過去としてしまった構想に問題があるのじゃないか。過去を現在進行形で書くべきではなかったのか。勇人の視点でも構わないが、そうならそれらしく徹底してほしい。主人公は「しずく」であり、勇人は単なる語り手なのだから、勇人の個人生活をあまり出しゃばらせるべきではないだろう。語り手は自分自身を語ってはならない。それはほんのエピソード程度でよいのだ。
 たぶん作者は長編の構想で短編を書いてしまったのだろう。
 宮本百合子が出てくるのは余分だ。
 九条の会は出てきて構わないが、せっかくここまで書くのなら、「しずく」と九条とが精神的に結びついていく過程を、もっと説得力を持って読者に示すことができなかったか。
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